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「で、何処へ行くんだ?」
 そのまま松山の車に同乗することになった東邦の3人組。
 ついては行くことになったものの、行く先は全く知らずのままだった。
「いや、丁度ラベンダーのいい季節なもんでな。中富良野の方へも足を伸ばそうってことになったんだ」
「富田ファーム?」
 反町が後部座席から軽く身を乗り出し、嬉しそうに口を挟む。
「さすがに良く知ってるな。富田にも行く予定だよ。あとは適当に、前の連中に任せるさ」
「無計画だな」
「こちとら地元。んなに堅っ苦しくは動かんさね。客人には悪いがな」
 日向の一言に松山も軽い口調で返す。
 運転席の松山は、その台詞を口にする様子にも解るように、本当に自然体に見えた。日向はその横顔をしばらく見ていたが、そのまま目線を車外の広がる景色に移した。

 そのまま一行は富良野のワイン城、富田ファーム等を経由し、中富良野の町営リフトのある丘の上へ来ていた。
 ガタイの大きい男が十数人、それもこの辺ではちょっとした有名人の集団なので目につくことこの上なかったが、それぞれ別に周りを気にすることなく結構楽しんでいた。
「休日でもないのに人が多いな」
 松山の横にいた日向が、ふっと言う。
「夏の北海道をなめるでない。内地からの観光客が、どっからわいてきたのかと思うほど集まるぜ」
 う〜ん、と、両手を広げて大きく松山が深呼吸をしながら言う。そして、日向の方へ向き直り、
「人の多いとこ引きずりまわしてすまんな。男が連れ立ってくるとこでもないかもしれんが、俺達は昔っから足を運んでるもんでやっぱ、好きなんだ。久しぶりに皆して、来ようってことになってさ」
「それはかまわねぇが」
 それを聞いて、松山がひとつ、笑ってよこした。
「でも、いいとこだろ?」
 そのまま視線を正面に戻し、面前に広がる大地を眺めながら松山は言う。それは、それは誇らしげに。そして、嬉しげに。この地を愛しているのが、いやでも伝わってくるようだった。
 そして、日向も同じように視線を向ける。
「松山〜〜!!」
 そして少し離れた小田から声がかかり、それに答えて松山はそちらへ向かって走って行った。

「日向さんっ」
「?!」
 それを見送り、また風景に見入っていたところに突然声をかけられ日向は少なからず後ずさってしまう。
「な、何だ」
「い〜え、別に」
 人の悪い笑みを浮かべて若島津は言った。つくづく食えないやつだと日向は思う。
「ところでね、日向さん。富良野の連中なんですが・・・」
「何かあったのか?」
「いいえ。ただね、松山含め連中、やっぱりかなり気を使ってくれてると思いません?」
「?」
 意味が解らないという風な日向に、軽くためい息をつきながらもその辺は悟っている若島津。かまわずに言葉を続けた。
「だいたいからして久しぶりに帰ってきた"キャプテン"を俺達がほとんど振り回してますからね。松山も、口では何だかんだ言ってますがなるべく俺達に気をまわしてるのも見えますし・・・回ってるコース、やっぱりしっかり観光コースですよ。この辺必見の。連中が寄るまでもないところも、きっと含めてね」
 言われてみれば、確かにそうであった。引きずり回しているのは自分達なのであり、こちらも悪いとは思いながら甘えていたのである。
 しかし、それをおくびにも出さずに全く普通通りに振る舞ってくれていることを改めて感じた。
「それでも本気でもてなしてくれようとするってのが、奴等らしいですけどね」
「まったくだ」
 そして、少し間を置いてもう一言日向が言葉にした。
「ここなら、あんなのができるのもわかる気がするな」
「怒られますよ」
 あまりの日向の言い方に、若島津は一応そう言ってはみるものの、自分も、まったくだと思っている。その対象は、きっと連中全員のことではある筈であるが、多分にその頭領への言葉であろうことも確かに感じながら・・・。

 そしてしばらくそこで時間を過ごした後、富良野市街に戻り全員で食事をし、それぞれ解散して行った。

    *

「それにしても急すぎだぜ。さすがの俺もまじにびっくりした」
「それこそ、こっちも急に決めたもんでな」
 富良野にある某ホテル。結局は東邦組に合流して松山はここで一泊することになった。解散後自宅へ荷物をまとめに行き、また文句を言いながらも動いてくれた姉にホテルまで送ってもらった。(ちなみに翌日は金田が車を出してくれ、4人まとめて空港まで運んでくれることになっている。申し訳ないものとはつくづく思いつつ、いい友人を持ったと松山は思ったものである)。
 この急な展開といい、手際の良さといい、きっとバックに小泉さんでもついているのであろうということは容易に知れた。ホテルにしろ地元に住んでいればきっと泊まるなどということはないであろう、名の知れた場所…それもなかなかいい部屋であった。
 しばらくは4人でたむろしていたが、そろそろ休もうということで2部屋に別れたのである。

「まぁ詳しいことは聞かんさ、また自己嫌悪に陥りそうだでな」
「何だよ、それは」
 心なしか、昼間より日向は饒舌になっている。というより最近の松山としては、こちらの日向の方が常のものではあったが。
 窓から富良野の町の光を見下ろすことができる。松山はゆっくり足を進め、それを静かに見ていた。
「何万ドルの夜景、ってのじゃ全然ないけど、やっぱいいよな、ここが」
「本当に好きなんだな」
「当然」
 迷いなく答える。日向もこればかりは仕様がないという風に肩をすくめていた。
「しっかしさ」
「何だ?」
「ここまで来て、俺も何親不孝してんだかな」
 日向にもその意味はすぐに知れた。
 数カ月とはいえ、家を遠く離れた息子が帰ってきたのである。親としては、少しでも側には居て欲しいものだろう。しかし・・・。
「親御さんには悪いと思うが、今回は許してもらうことにしてくれ」
「勝手なことを・・・」
 そう言いながら松山が振り返ると、日向がすぐ側まで来ていた。
「それにお前は普段から恋人不幸してるからな。たまには・・」
「あのなぁ・・・」
 全身、脱力してしまう。言うに事欠いてなんて表現してくれるんだと、言い返そうとしたが、
「違ったか?」
 ・・・・。
 先手を取られ、そのまままじまじと日向の顔を見てしまう。そして、再びため息。
 −−−−あ〜あ、かなわねぇよな・・・
 松山は思う。何のかのと言っても自分はこの男に弱いのだ。こんなところまで来て、改めて確認したくはなかったことではあるけれど。
 
 何でこうなってしまったのか、そう思わずにいられなくなりながらも、近付いてくる日向を避けることはしなかった・・・。

 次の日の空港へは、金田他、富良野の面子も数人見送りに出てきてくれた。最後まで賑やかに、松山達は北海道を離れたのである。
「来てみて、よかったですね」
 日向の横の座席に座る若島津が話しかける。
 ちなみに通路をはさんだ向こうの松山と反町は、離陸して間もなく眠ってしまっていた。
 「ああ・・・」
 言葉少なく日向は返す。
 見るまでもなく、松山が自分の故郷を大切にしていたのは知っていた。ただ、現実のものとして目のあたりにすると、それはまた違うものとして受け取ることとなった。
 もともと"そのまま"という言葉がしっくりする松山ではあるが、富良野での松山は特に、自由に見えた。気負うものも何もなく、自然な、素のままの。そして、確かにこの地で育ったと、誇りに思っていることを少し羨ましくも思え・・・。

 『いろいろあったけどさ、何でもできそうな気がしてたあの頃を、ここで感じてたものとして、俺、しっかり覚えてる』

 昨夜ふと、松山がこぼした言葉を思い出す。そんな彼を育てた大地。日向は何故だかそれを感謝したいくらいに思っていた。
 「日向さん?」
 ふと、口元がゆるんでいたことに気がついて、日向は気を締め直す。
 「確かに、来てよかったな」
 そう返した日向を、少しばかり不思議そうな顔をして若島津は眺め、それでも何となく納得したようにひとつうなづいて座席へもたれ直した。
 それぞれの思いを乗せ、機は東京へと向かう。
 明日からはまた、忙しい日々が始まるのだ・・・。

〜 Fin 〜

B.G.M. 『首夏の森』 by.OKAGESAMA BROTHERS
Title   『夏土産』    by.MIYUKI NAKAJIMA

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