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「すまん、金田…明日3人追加できんか?」
「はぁ?」
「いや、あのな・・・」
 松山は、つい今し方切ったTELの内容に頭痛を起こしつつも、金田に訳を説明し始めていた。
 TEL・・・富良野での用があり、無理な休暇をもらっての里帰りをしていた松山に入った、若島津からのまことに「ありがたい」お呼び出しであった。

 遠目に見える丘には見事なまでの緑のグラデーションが広がり、その中にはこの地特有の紫色も混ざっている。そして他にも、小麦色、赤、黄色・・・と、数々の花や作物で大地全体が色づいている北海道は富良野の夏。
 ここでは特にラベンダーの季節には観光客が大勢詰めかけ、町は途端に賑やかになる。そして広大な空、雄大な山。大きな、大きな自然・・・。

 あれはもう何年前の話になるのか、この富良野の小さな小学校から、小さな英雄達がうまれた。ただ、ただボールを追いかけるのが好きで、それしてそれに夢中になっているだけだった彼等が大きく大きく夢をふくらませ・・・。ついに全国への舞台へその夢を運び、足を踏み入れることになる。
 一番の夢は果たせなかったけれど、その存在は確かにそこに残されることになった。
 そして、なおもその中からそのサッカーの夢を追い続けてこの地を離れた人間がひとり。

 松山はその故郷への帰郷を静かに、楽しみにしていた。

   *

 たった数カ月家を離れていただけなのだが、何となく玄関をくぐったときにはほっとしたものである。
「あんた、ちっともかわんないわね」
 夕食後の家族との団欒時間。家にいた頃は、ほとんどゆっくりしていなかった時間であるが。
「んな簡単に変わるかよ。 姉キも相変わらずだな」
「よけいなお世話よっ」
 口煩い姉の言葉も変に懐かしくて心地よかった。
「?・・・何よ。変な子」
 思わず松山の顔がゆるんでいるのに気付いてまた一言入る。
「ごちそうさまっ」
 そう言って、姉は部屋へ戻っていった。
「本当、変わんねぇな」
「いい齢して二人とも何やってんだかね。光、あんた明日もどうせ忙しいんだろ。早く休みな。まったく、家帰ってきてもまともに家に居るのは今日一日だもんね。せわしないったら」
「へ?」
 腑に落ちない言葉を耳にした。今回帰郷は3泊4日。確かに昨日は会いに行った金田の家で夜明かししてしまったが、明日も一日あるのだ。
「母さん。俺、帰るの明後日だよ」
 今度頓狂な声を出してしまうのは母親である。
「え? でも変更したっしょ? そう、TELで・・・あ、そうそう。東京の若島津くんからTELがあったのよ」
「若島津っ?」
「そう。忘れてたわね、ごめん。もう一度かけてくれるって・・・」
 その時折しもTELのコール音が部屋に響く。
「あ、これきっとそうだよっ。ほら、とって」
「まったく・・・」
 文句を言おうとした腰も折られ、ぼやきながら受話器を上げると、良く聴き慣れた声が聞こえてきた。
「夜分すみません。若島津といいますが、光くん・・・」
「俺」
「よぉ、松山か? 突然悪いな」
「そりゃかまわんが、何かあったのか?」
 こんな所まで追いかけてのTELである。少々本気で心配していたのだが・・・。
「別になんてこともないが。明日、時間あるか?」
「はあっ?」
「いやな、明日そっちへ行くんだが、空港までなんとかならんかと思って」
「あ゛〜〜??」
 現状把握がまったくできない。
 今、彼が富良野の自宅に居ることは勿論わかってかけている筈のTELだ。そんな軽く言われる内容ではない筈である。それに出発前にも、それらしき話も少しも聞いてはいなかった。
「言ってることがわからんが」
「明日。9:00旭川着、JAS。俺、日向さん、反町で北海道に入る。迎えに来てほしい。これでいいか?」
「あのなぁ・・・」
 この連中の並外れた行動には慣れてきている松山の筈だったが。
 後は若島津の話を一方的に聞く羽目に陥っていた・・・。

 要は。
 何をどうしたのかは知らないが、明日から1泊2日(もったいないことを、と頭を抱えてしまう松山であるが)で富良野へ来ると言うのだ。そして帰りは自分と同じ便の手配までしているそうで。おまけに、「ホテルはとってあるから。お前も入れてツインで2部屋。その方が帰りの日も行動しやすいだろ?」
「っと。家の人には俺から言っといたから」
 −何を言ったのか、何を・・・。どうりで母親が不可解なことを口にした筈である。勝手に人の予定を変えんで欲しいと、真剣に思う松山であった。

 とは言っても、そうなったからには放っておく訳にはいかず、とにかく自分のスケジュールの調整に入る。人がいいのか何なのか。損な性格であった。
 次の日には元サッカー部の連中と久しぶりに会う約束をしていた。"松山御帰還"の連絡によりこの日にはほぼ全員が顔を合わせられることになっている。こちらはこちらで蹴るわけにもいかず、そんな気も毛頭なく、この際なのでチームメイト達には悪いとも思ったが、面子が増えることを了承してもらうことにしたのである。

「お前も苦労するよな」
「悪ィ」
 気の毒そうに言う金田に答える。
「別にいいよ。知らない顔じゃぁなし。あいつらなら気も使わんでいいだろ」
「かまわん、かまわん」
「んじゃ、他の連中にも言っとくわ。あと、足の手配だな」
「手間かけるな」
「言うなって。じゃ、明日な」
 そう言って金田はTELを切る。
 松山も受話器をおろし、全身で思わずため息をついていた。

 翌朝、父親の車を借りて松山はそのまま旭川空港へと向かった。

 
 そして正午。富良野メンバーの集合場所である富良野小学校校庭に、懐かしい面々が顔を揃えていた。聞き慣れた声が行き交っている。
「日向さん、へそ曲げないで下さいよね」
「何だ? それは」
「いえ、何となく」
 その対面を少し離れたところで見ていたこの日の珍客、若島津と日向がそんな会話を交わす。もう一人の客、反町はどこでどう溶け込んだのか、既に富良野の面子の中で盛り上がっていた。
 快晴で暑い日とはいえ、東京のそれにくらべるとほとんど気にもならない。校庭の木陰の下、気持ちの良い風に吹かれながら無意識に空へと顔を向けてしまう。
「ここがあいつの育った場所ですよね」
「ああ・・・」
 言葉少なげに日向は返す。
 その青さが、迫ってくるようにも思えるほどに空が広い。

「日向、若島津」
 その時二人に声がかかった。チームメイト達と一緒に二人の方へと近付きながら松山が続ける。
「待たせたな。今日はつきあわせることになるぜ」
「いいよ。無理言ったのは、こっちだ」
 若島津が答える。そして、日向と若島津も富良野のメンバー達とも簡単に挨拶を交わし、車数台に別れて小学校を後にした。

to be continued... 

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