風の行方 (Double Pandora 番外編2)/ 後編

佐伯 けい


 まぶしい・・・
 昨夜カーテンを閉め忘れたんだろうか・・。でも自分の部屋の窓から朝日は入らないはず・・・・
「・・?」
 今度は目の前が急に陰になり、雅也は薄く目を開けた。
「・・・あ」
 陰が人の形になる。
「よぉ」
 声に反応して目が一気に覚めた。
「・・城!」
「朝だぜ、おはようさん」
 雅也の顔の両脇に手をついて、城が至近距離で覗き込んでいる。
「おはよう・・で、この体勢は何だ・・?」
 これは半分のし掛かられている状態だ。
「昨夜一人で寂しかったからだな」
「・・・説明になってないぞ。何のことだ」
 睨んでみるが下からのうえに赤くなってしまってどうにも迫力に欠ける。それを見てにやにやとしている城の顎を両手で押しのけた。
「いて・・ひでーなぁ」
 文句を言いながらも意外なほどあっさりと雅也に押しのけられて、城は起きあがった。
「城、今何時だ?」
「7時半。朝飯8時からだったろ」
「ああ。顔洗ってこなきゃ」
 タオルを持って廊下に出る。洗面台で顔を洗い、ふと窓の外を見ると、真っ青な空が目に入った。
「いい天気だな」
「ん、午後から多少曇るらしいがな」
「降らなきゃいいや」
「大丈夫だろ。顔洗ったら、飯食いながら今日回るところ決めようぜ」
「うん・・・あっ、ごめん、俺、決めずに昨夜寝ちゃったのか」 
 雅也の横で顔を洗っていた城が濡れたままの顔を上げる。
タオルで顔を拭いていた雅也と目があった。
「やっと思い出したな。俺が一人寝で少しは可哀想だったとか思わねぇか?」
「・・・お・も・わ・な・い」
 雅也の返事に苦笑している城にタオルをぶつけ、雅也はそのままくるりと背を向けて部屋に戻った。





「・・・すごい滝だなぁ・・」
「うん、確かに」
「確かにって、それだけか?あんた何でここに寄りたかったんだ?」
「イチゴねえさんがここのわさびの醤油漬けが欲しいって言ってたからだけど」
「・・・あ、そう」
 がっくりと肩を落とした城を横目に、雅也は滝に近づいた。かなりの高さから落ちる滝から立ち上るひんやりとした空気の流れが身体を包んで気持ちがいい。水音が轟いているのに静かな感じがするのが不思議だ。
 目を閉じて深呼吸をする。
 背後に立った城の気配を感じる。
「何でかな。こういう所って、気分が落ち着く気がする」
「・・そうだな」
 しばらく二人は滝の音だけを聞いていた。


 朝食後、宿を出発した二人は、半島の中央を縦断する国道を南下した。途中、雅也が寄りたいと言った滝に立ち寄り、さらに南下し半島の先端に至った。
「・・城が行きたいって言ってたのって・・ここか?」
「そう。あんたこういうの嫌いか?」
「いや、初めて来た」
「結構楽しいぜ」
 海の中に浮かんだドームのように見える建物は、どうやら水族館らしかった。
「うわぁ・・・!」
 中に入ると巨大な水の壁がそそり立っており、その巨大さに雅也は圧倒されてしまった。壁の向こう側には無数の魚たちが悠然と泳いでいる。
 光る鱗で覆われた美しい流線型を踊らせて泳ぐものもいれば、なにやら妙な形の魚もいる。
「あ、あの魚、誰かに似てる気がする」
 雅也が指さしているのは巨大なくえという魚だ。
「・・・そう言われりゃそんな気が・・・」
 数秒後。
「あ!」
 ふたり同時に声を上げた。
「数学の水田だ!」
 いつもむすっとした頭の薄い巨漢の中年教師の姿が目に浮かんだとたん、二人は水槽の前で大笑いした。
 イルカショーでジャンプの水しぶきを思い切り浴びた後、二人は昼食をとって今度は海岸線の国道を東に向かった。
「ここ、行く?」
「何?」
「ワニがうじゃうじゃいるらしいぜ」
「・・・絶対やだ」
「じゃあ、もう少し先の海岸まで行くか」
 3時を過ぎる頃から、空の一角に灰色の雲が広がり始めた。そして二人が海岸線を歩いて周りちょうど戻ってきた頃、その雲は空一面を覆うほどになってしまった。
「嫌な感じの空だな・・・朝はあんなに晴れてたのに」
 空を見上げて雅也が言う。
「ああ。降り出す前に宿に行っとくか」
「・・・うん」
「どうした?疲れたのか」
 ヘルメットを受け取る雅也が少し沈んでいるように見えて、城が尋ねる。
 しかし、大丈夫と返すとすぐに雅也はヘルメットをかぶってしまった。
 海岸から数キロ走った高原にある今夜の宿に着いたのは、それから30分以上経った後だった。
 ぽつぽつと雨が落ちてきているにもかかわらず、二人は門の前に立ちつくしてしまっていた。
「・・・ここ・・なのか」
「・・そのはずだ」
「例のお前のツーリング仲間の趣味か?」
「さあ・・・でもあいつ、自分がいつも使っているって言ってたからそうかも・・・」
「なんだ、お前の趣味かと思った」
「・・・やめろって」
 二人の目の前には、三角屋根に純白の壁、窓にはひらひらのレースのカーテンがのぞき、素人目にも凝ったガーデニングとすぐにわかる見事な花々に彩られた瀟洒な洋館が建っていた。
 門の看板には『プチホテル・WREATHE』と書いてある。
 ハッキリ言って男二人で入るにはかなり勇気がいるところだった。
「・・・とにかく、ちょうど雨も降ってきたことだし、入ってみよう。まちがいだったらまたどこか探せばいいんだし」
 すたすたと玄関に向かって歩いていく雅也に内心感心しながら、城はバイクを雨の当たらない場所に停めて後を追った。
 カランカラン・・
 雅也がリースで飾られた白いドアを開けると、カウベルの音が大きく響いた。
 そして玄関の正面にある、やはり花に飾られた小さなカウンターの奥から、小さな女性がひょいっと顔を出した。
「いらっしゃいませ!」
 ここの奥さんだろうか、白いエプロンドレス姿でにっこりと笑って出迎える姿は、少女がそのまま歳を取ったような、いかにもこの建物に似合った雰囲気の人物だった。
「・・・異世界に来たみたいだぜ・・」
 ぼそっととつぶやく城を雅也が肘でつついた。
「あー・・あの、城と言いますけど、今日俺、予約してましたっけ」
 いつになく弱い口調でしゃべる城に、思わず口元が笑ってしまった雅也だった。
「あ・・あ、はい!満くんのバイクのお友達ね」
「え・・?満くん・・?」
「え〜っと、城くん・・あった。お二人さま御一泊ですね。今お部屋にご案内しますから、こちらの紙にお二人の住所と名前を書いてちょっと待っててね」
 城の疑問は聞こえなかったようで、宿泊予約らしきノートを確認してすぐに、女性は奥に引っ込んだ。
 渡されたノートに二人とも住所氏名を書き終えた時、奥から今度は旦那さんらしい人が出てきた。二人の父親くらいの年代の、こちらは普通のにこやかだが落ち着いた感じの人だった。
「こちらです。どうぞ」
 男性はらせん階段を上り、二階の突きあたりの部屋のドアを開けた。
「あ、普通だ・・・いて!」
 部屋に入って思わず口にした城の足を雅也が踏む。
 それを見て笑った男性が口を開く。
「この部屋は男性でも気後れしないようにと僕が内装を選んだんですよ。他の部屋は妻が選んだので女性向きなんですが・・・何ならそちらにしましょうか?」
「いえ、ここがいいです」
 二人が同時に答えると、また男性が笑った。
 ベージュと茶を基調としたシンプルな内装で、ドライフラワーのリースがアクセントになった落ち着いた雰囲気のツインの部屋だった。広さも余裕があり、小さいがバスとトイレも付いている。
 ちなみに他の部屋はピンクの花柄模様が基調になった、レースとフリルがてんこもりになった部屋である。
「あの、俺、郡司って奴にここを頼んでもらったんですけど・・彼は知り合いなんですか?」
 城が疑問を口にしてみる。
「ええ。彼は僕の甥なんですよ。時々学校やバイクの仲間を紹介してくれるので助かってますよ。ただ、彼はどんな建物か説明しないようなので、特に男性の方は最初は驚かれますけどね」
「なるほど・・」
 食事の説明をして、男性が出ていくと、城はベッドに座り込んだ。
「・・・ったく。驚いたぜ」
「お前の友達、確信犯だな」
「ああ。今度会ったら一発殴ってやる」
 くすくすと笑うと、雅也も城の向かいのベッドに腰を下ろした。建物の角になった部屋には、ベッドの上と壁の二ヶ所に窓があり、雅也はふとそちらを見た。
 かなり大きく取ってある窓にはどちらも雨戸がなく、窓ガラスに水滴がぽつぽつと当たっている。雨はここに着いた時よりも少し強くなってきていた。
 雅也は立ち上がり、両方のカーテンを閉めるとまたベッドに座り直した。 
「どうした?」
「いや・・雨が強くなってきたなと思って」
「明日はやむといいんだけどな。各務は雨が嫌いなのか」
「・・・・何で?」
「雨のことになると沈んだ顔になる」
 城が手を伸ばして雅也の頬に触れた。
 雅也は城の手に自分の手を重ねると、一瞬強く握ってから放した。
「雨も嫌い・・なんだろうな・・・城、どうしたんだ?」
「どうしたって、あんたねぇ・・」  
 城が腰を浮かした・・と思った時には、雅也はベッドに押しつけられていた。
「俺、昨夜から結構耐えてんだから、挑発すんなよ・・」
「・・・俺が?いつ?」
「自覚なしかよ。タチわりぃな」
 苦笑すると、城は雅也の額に唇を寄せた。そのまま瞼に降りてくる。
「城・・もうすぐ夕飯だぞ」
「俺、あんたを食うからいい」
「俺はどうするんだ。今すごく腹減ってて食欲しかないからな」
「・・・あんたってホンっと冷静だね・・」
 がっくりと首を垂れると、城は雅也の上から起きあがって向かいのベッドに突っ伏してしまった。
 ゆっくりと身体を起こした雅也は、ベッドの上で壁にもたれて座ると小さなため息をついた。
 雨は降り続いている。
 激しい雨を見ているとなぜか胸が苦しくなる。雷雨になるとなおさらだった。
 嫌い・・というのとは少し違う。
 理由はわかっている。城には話せるような気がする。
「城・・・?」
 隣を見ると、城が軽い寝息をたてていた。
 夕飯までの30分、雅也は城の寝顔を見ながら過ごした。




「結構ボリュームあるな」
「・・って、もう食わねぇの?」
「もう充分食べた」
「あんたもう少し食って体力つけたほうがいいぜ」
「・・余計なお世話だ」
 少し遅めに入った雅也達の他に、食堂にはカップルが2組来ていた。照明を落としたクラシック音楽の流れる室内で、テーブルの上のキャンドルが淡い光を放っている・・・ただし端の方の席に座った二人の会話にはあまりムードはなかったが。
 夕飯は、かなり豪華なフランス料理だった。味も申し分なくデザートのケーキも何種類もあり、いかにも女性ウケしそうな内容だ。
 そのデザートを食べ終えて最後のコーヒーが来た時、窓の外が薄く光った。
「・・・!」
 雅也の目が窓に釘付けになる。
「どうしたんだ?」
「・・・悪い、俺、先に部屋に戻る」
 急に立ち上がって出ていった雅也を、城もすぐに追いかけた。
 部屋に入ったところで追いつき腕を掴んだ。
「どうした?気分でも悪いのか」
 城が雅也の顔をのぞき込むと、驚くほど顔色が悪くなっていた。あわててベッドに座らせる。
「・・・大丈夫。理由はわかってるから」
「理由?」
 雅也が頷いたとき、再び窓の外が光った。雅也の肩がビクッと震える。
「理由って・・もしかして」
「俺、雷がだめなんだ」
「・・そりゃ、俺も好きじゃないけど」
「・・・・昔・・俺、事故にあってるらしいんだ」
 雅也がうつむいたまま口を開く。
 急に変わった話に城は戸惑ったが、黙ったまま足元にしゃがみ込み雅也の顔を見つめた。雅也は目を合わせないまま話し続けた。
「俺が小学3年生の時らしいけど」
「・・らしいってのは?」
「・・・覚えてないんだ。そのときのことも、それより前のことも」
 記憶喪失・・・城の頭にその単語が浮かんだ。
「その事故で両親とも死んでしまって兄さんと俺だけが助かったんだって後から聞かされた。でも事故のことは今でも何にも覚えてないし、詳しいことも聞いていない。両親の記憶もうっすらとしか覚えてない。事故のあとのこともぼんやりしていて・・・・俺のはっきりした思い出は小学6年生ころからしかないんだ」
 雅也が城と目を合わせる。そして淡く微笑んだ。
「で、何か思い出すわけでもないんだけど、その後遺症っていうのかな。俺にはどうしてもだめなものが二つある。一つが雷でもう一つが血」
「そういえば、前に教室で誰かの流血沙汰を見て倒れてたな」
「ああ。事故の時に何かを見たんじゃないかって医者は言ってたけどね。雷は事故当日ひどい雷雨だったってことはわかってるんだけど、それだけで何でこんな苦手に結びついたのかはわからない」
 窓の外が激しく光り雷鳴が響いた。雷雲が近づいてきているのがわかる。
 平気そうな顔で話しているが、光るたびに雅也の肩がはっきりと震える。城がその手を自分の両手で包んだ。
「・・・あんた、今まで雷の日にはどうしてたんだ」
 雅也の顔を覗き込んだまま聞く。
「さあ・・ふとん頭からかぶってた・・かな」
 言って再び弱く笑った雅也の手を立ち上がった城が引っ張った。強い力で雅也の身体が城に抱き込まれる。
「・・笑い事じゃねぇだろ。あんたはどうしたい」
「どうって・・?」
「今日は一人じゃねぇんだから、布団かぶるよりはましな気の紛らわし方があるだろ。下に何か見に行くか?」
 ビデオか何かあったはずだと真剣にいろいろ考えている城の胸に抱かれていた雅也は、そのまま城の背中に腕を回した。
 城の動きが止まる。
「下は嫌だ。ここにいたい」
「・・・ここには何もないぜ」
「いい・・・」
 背中に回された雅也の腕に力が入る。
「・・これも挑発か?」
「・・・今度は自覚あるよ」
「かなり効いてるぜ・・」
 城は雅也の腰に手を回してベッドに座った。
 体勢を崩して城を見上げた雅也の顎をとらえて唇を合わせる。そのまま身体を入れ替えて雅也の背をベッドに下ろした。
 唇が離れると、雅也が大きく息をつき、うっすらと目を開けて城を見た。
「言っとくけど・・俺、どうしたらいいかわからないし・・全然余裕ないからな・・」
 目元を赤くして言う雅也に、城が小さく笑った。
「ここであんたが余裕たっぷりだったら、俺の立場ないだろうが・・・余計な心配すんな」
 雅也の額にかかる髪を指先ではらいながら、そこに唇を落とし、閉じた二つの瞼を通りそのまま頬に移動させる。
「・・・雷だろうが何だろうが、聞こえないようにしてやるよ。あんたは俺だけ感じてればいい」
 耳元でささやくと、雅也が薄く笑った気配がした。
 その口元に唇を寄せると、城は今度は深く雅也を求めた。


 熱い・・・
 城に触れられたところすべてが熱を持っているようだ。
 着ていた物もいつの間にか無くなっていて、触れるのはシーツと城の素肌の感触だけ。
 激しい雷鳴と雨とが窓を振るわせているが、今の雅也にはお互いの吐息だけしか耳に入らない。
 全身の感覚のうち、触覚だけが研ぎ澄まされていく。
「・・・ん・」
 城が手で、唇で触れる場所からぞくりとする感覚が湧き起こる。思わず上がりそうになる声を手の甲を噛んで必死に押し殺した。
「・・だめだぜ。声聞かせろよ・・」
 口元から手を外させると、城はその手に唇を寄せながら、もう一方の手を雅也の脚に滑らせた。
「はぁっ・・・」
 急に与えられた強い刺激に自分のものとは思えないほど甘い声が出る。羞恥に思わず顔を背けた雅也の首筋に城が唇を移した。
「あ・・あぁ」
 与え続けられる快感にこぼれ出てしまう声を抑えようと、無意識に口元に来てしまう自分の手を、今度は噛まずに、胸元をくすぐる城の髪に触れることで止めた。
「城・・城・・・あぁぁ!」
 途端にあがる嬌声に城の口元が緩む。
「・・そう・・いい子だ。そのままいっちまいな・・」
 限界まで張りつめていた雅也の感覚が、一瞬にしてはじけ飛んだのはそのすぐあとだった。

「・・・城?」 
 生まれて初めて経験する壮絶な快感から正気を取り戻した雅也が目にしたのは、自分を正面から見ている厳しい表情の城だった。
 まだ息の整わない雅也を抱きしめると、その肩に顔をうずめて城がつぶやいた。
「・・・抱きてぇ」
 城の腕が強くなる。
「抱いちまったらあんたが明日辛いのはわかってんのに・・・あんたが欲しくてたまんねぇ」
 絞り出しているような声。
 雅也はゆっくりと城の背に腕を回した。
「俺が欲しいなら、抱けよ・・」
 その言葉に城が顔を上げる。目が合うと雅也はまっすぐに微笑んだ。
「明日のことはわからないし、最悪でもどこかでもう一泊したらいい」
「・・いいのか」
「聞くなよ。それに・・・俺もお前を感じてみたい」
「・・・結局、俺の立場なかったな・・・」
 やっと整ってきた雅也の息を再び乱すべく唇を寄せて、城がつぶやいた。
「俺の方がギリギリだぜ・・」


 
「うぁ・・あ・・城・・城・・!」
 苦しさにうわごとのように名を呼ぶ雅也を抱きしめながらも、城は自分の熱情を止めることはできない。
 背にすがりついてくる腕が我知らずつける傷の痛みさえも愛しい。髪の一筋も・・誰にもやらない。
「雅也・・愛してる・・・」
 城の言葉に、雅也がびくりと反応する。
 汗で前髪のはりついた苦しげな顔をわずかに上げると、雅也は薄く目を開き口をひらいた。。
「・・もう一度・・聞かせろよ・・」
 城は口元を緩ませると、今度は顔を寄せて直接耳に吹き込んだ。雅也が大きく息をつき、微笑する。
 そして城の背に回していた腕をあげて髪に絡ませ、その耳元に唇を寄せた。
「─────・・」
 囁かれた言葉に城の目が見開かれ・・・やがて不敵な笑いになった。
「そんなこと言われちゃ・・俺、一晩中止まんねぇぜ・・?」
 
 夜半過ぎには窓を叩く雨は弱まり、雷鳴も遠くなっていったが・・・雅也がそれに気づくことはなかった。





 目の前がクリーム色のやわらかい光に包まれていた。
 それが、カーテン越しに射し込む陽の光だということに気づくのに、しばらく時間がかかった。
 雅也は窓と天井を見て自分がどこにいるか思い出し、右半身の暖かさが何であるか気づいた時、自分の状況を思い出した。
 そっと首を動かすと、城の寝顔がそこにある。
 腕枕をしたまま寝ている城の、その腕を首からそっとはずし、雅也は少し身体を起こした。
 こんなに近くで他人の寝顔を見るのは初めてで・・それがこんなにも満ち足りた気分になるなんて思ってもみなかった。
 目を閉じた城の顔は、起きている時よりもいくぶん優しげに見える。強い光を持つ瞳が隠れているせいだろうか。
 けっこう睫毛が長いことに気づいて、雅也が思わず微笑したとき、その城のまぶたが小さく震えた。
 ゆっくりと目が開く。
 城は傍らの雅也の姿を認めると数回瞬いて、まぶしそうに目を細めた。
「おはよう」
 雅也の声に返事もせず、城は手を伸ばして雅也の頬に触れた。そしてようやく表情を和らげた。
「おはよう・・・よかった。本物だ」
「・・?」
 不思議そうな顔の雅也の首に手を入れて引き寄せると、城は身体を入れ替えて、軽く唇を合わせた。
「目をあけたら目の前に笑ったあんたがいたから、天国にでもいる夢みてんのかと思った」
「・・・何言ってんだ」
 城を見上げて雅也が笑う。
「雨、やんだな」
「ああ。今日は帰れそうだな」
「・・・大丈夫か・・?」
「何が?」
「あんたの身体」
 その意味に気づいて雅也が少し赤くなった。
「あ・・たぶん」
「・・そりゃ残念」
「・・・どういう意味だ・・?」
「もう一泊しそこなった」
「・・ばかやろ」
 にやっと笑った城を両手で押しのけて雅也が起きあがろうとする。その手を捕まえて、城が再び雅也をベッドに押しつけた。
「何だ・・・ん・・」
 文句を言う前に深く唇を求めらる。
「・・また二人でどっか行こうぜ」
「・・・受験が終わったらな」
「・・ホンッッとに冷静だね・・あんたは・・」
 がっくりと首を垂れた城を見て笑うと、雅也は自分から唇を寄せていった。

 



 バイクのエンジンをかける城を見ながらヘルメットをつける。
 雨上がりの木々が陽の光を反射して輝いている。
 見上げると晴れ渡った空が広がっていて・・・・
 青さが目にしみる。
 この空は一生忘れられない。
「雅也!」
 呼んでいる城に視線を戻し、雅也はゆっくりと歩き出した。



                                  FIN.

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