14th.Feb.

 玄関口に、見慣れた靴が並んでいた。
 リビングに続くドアからもれる灯りもその存在を示してくれている。
耕平はその事実に穏やかな幸せを感じながら、靴を脱ぎ廊下を渡っていった。

「ただいま…」
 ドアをくぐると、やはりその姿がそこにある。
 しかし、迎えてくれたのは腕に飛び込んでくる元気な姿やいつものまっすぐな瞳ではなく、机にうつぶせて眠りこける愛しいその姿だった。
 手元には教科書や参考書、ノートが広がっている。きっと宿題でもしているうちに眠ってしまったのだろう。猛愛用のシャープペンシルもその右手に置かれたままだ。
 
 「猛」
 一度、小さく声をかけてみるが反応はない。
 「たける…」
 そっと近づいてもう一度呼んでみる。
 「ん…」
 その身体はわずかにだけ身じろぎしたが、そのまままた動かなくなった。
 柔らかな寝息だけが聞こえてくる。
 そのまま寝室に運んでやった方がいいかとも考えるが、そうすればきっと起こしてしまう。週の半ばなのでこの時間では、あと少ししたら家に帰してやらなければいけない。
 耕平は数瞬の間悩んだが、今はこのままそっとしておいてやることにした。
 自分の上着をソファに置き、奥の部屋から上がけをもってきてそっとその隣に膝をつき、それを猛の肩にかけてやる。頬にかかる髪をそっとあげ、柔らかくその中に手を通しても猛に起きる気配はない。
 何度見ても、いくら見ていても、飽きることはないその寝顔。起きている時には数えられない位の表情を見せてくれるその瞳も、今はまぶたの下に隠れている。穏やかな、安心しきった寝顔だった。

 知らずこぼれる笑みを浮かべながら立ち上がろうとした時、ふと、床についていた手に当たる小さな包みに耕平は気がついた。
 "?"
 猛の足元に、目立たないように置いてある包み。大きくはないが、綺麗にラッピングされている。黒を基調にした包装紙に、それに見合ったシックなイメージのリボン。そして箱の隅の方に、金で囲ったハート型のシール…。
 今日は2月の14日。
 猛と迎える、3度目のバレンタイン。
 どんな顔をして、選んでくれたものなのだろうか…。あれこれと迷う姿を想像すると、また頬がゆるんでくる。
 箱の中味は毎回猛がほとんどを自分で食べているような気がするが、選ぶ時は自分のことを考えてくれているのがその包装を見ても、包みを開いても感じとれる。
 その気持ちが嬉しくて。可愛くて…。

 耕平はその包みを、もとあったテーブルの下、猛の足元の少し隠れる位置にそっと戻した。
 一番の楽しみは、これを猛が手渡してくれる瞬間。目覚めてからの、楽しみだ。
 「……」
 そして耕平はしばらく考えた後、おもむろにその場から離れ…それ程大きくはない手提げの紙バックを持って戻ってくる。
 それをそっと机の上…猛の側に置き、右手のシャープペンをぬきとってやった。
 
 そして、もう一度その横に膝をついて髪に手を伸ばす。

 もうすぐ猛の卒業…。
 大切に二人で重ねてきた時間。
 こうして猛が部屋で待ってくれることが多くなっても、それでももっと近くに…と願わずにはいられない。
 もう少し、もう少し…。
 過ぎる時間も大切だけれど、それよりもっと、もっと…。

 「ほんとに "待ってる" のは、俺の方なんだよな…」
 その穏やかな寝顔に話し掛ける。
 「早く…ここに来い」
 猛と出会ってから自分でも驚く位に自然に湧き出るこの優しい感情を、耕平自身が最初戸惑っていたのだが、今はそれが何より嬉しい。
 「たける…」
 顔を近付け、柔らかい髪に唇を落とす。

 「ん…」
 その低く優しい囁きに…猛の瞳が、そっと開いた…。

 〜 fin 〜  

Title 『Get Close to Me』 by.J○NGO
B.G.M. 『海の時間』 by.HIROKO TANIYAMA