「日向。お前・・何やってるんだ?」
「ん〜〜? さがしもん・・・っと、あった」
「?」
「いっちょ、やらねぇか?」
・・・…。何も昔からわかってるつもりじゃなかったが・・・。
合宿はいってからこっち、俺はまったくこいつが解らん!!
* *
そうは思いながら、たまにはこんなのもいいもんだと思ってみる。
目の前には日向。フィールドの中とは違う表情をして。
「なんだ、飲まねぇのか?」
「え、あ…、いや、もらう」
俺は手にしたグラスを慌てて傾けた。
どこで調達してきたのか、日向持参の酒を飲みつつ、嘘のような穏やかな時間を過ごしている。静かな、夜。
日本Jr.選抜合宿。
昨日の敵は今日の友とはよく言ったもので、まあ、全国大会での強者どもが一同に集まってきている。どーいうわけか、昔から犬猿の仲と言われた俺達が同室になってしまい、おまけに2人、チーム(「この」Jr.合宿の!)の要的役割までもおおせつかろうとは思ってもみなかった。
要は相棒。
「しかし、この夏は大変だったよな・・・」
「そーかもしれん、な」
自分のグラスをもてあそび、氷のぶつかりあう音を聞きながら、少しばかり呟いてみた言葉に。あいつが答えたので少し驚く。
「な、なにらしくねぇこと言ってんだよ」
「お前な・・そりゃお互いさまだってこと、わかってねぇのか?」
・・・・・
「くっ・・」
「ぶっ わっははははっ」
―――― 沈黙。そして ―――…爆笑。
2人して。
「そ、そりゃそーかもしれねぇな」
そーでなくてもらしくねぇ雰囲気がただよってたんだ。だからだろうか、今夜は。何だか特別なんだと何でも話せちまいそうだ。
「でもよ」
2人の発作が少し治まったところで俺は話し出す。
「実際、お前の失踪と大会で顔が見えなかった時はさすがの俺もパニクってたんだぜ」
「まぁ、俺にもいろいろあったんだよ」
「ほー。あの、日向小次郎さんがね」
「ふん」
ニヤリと笑いやがる。
つくづく食えねぇ野郎だと、思う。この俺にとっちゃ羨ましいとも形容できるふてぶてしさ。
あの出会いの頃はタメ張ってるつもりでいたのに、知らぬ間に引き離されてしまったように思っちまう。
「けどそういうお前んとこも大変だったろうが。準々決勝・・・おっと、南葛もか」
「あ〜っっ、言うなっっ。どーせまた勝てなかったよ」
くそっ、お前にもあん時の借りも返せなかった訳だ。
「すねんなよ」
「んなんじゃねー」
ほら、またンな風に笑う。
いつからだよ、んな大人びた表情できるようになったのは。俺がひとりガキみたいじゃねぇか。
「・・・・・」
お前。遠く、なった ――― ?
「―――…なぁ」
「ん?」
「俺さ、思っんだけど ―― 。何でお前あん時きてくれたんだ?」
ふと思い出したことを訊いてみたくなって・・・
「あの時?」
「――― 南葛戦の…後」
――そう、あの後、控え室前で立ってたあいつ。
『おしかったな』
一言だけだったけれど・・・あの時張詰めていたものが溶けた。自分の中の・・・
「お前さ、泣きたかったんだろ、ホントは」
――― え?
「他の連中の手前もあるし、お前も素直じゃねぇからな。すっきりしたような顔してても悔しくないはずはねぇし・・・その辺は俺にもわからんこたないしな」
「ま、お前のこったからそれ自体気づいてなかったのかもしれねぇが・・・。キャプテンなんつー肩書きは邪魔にしかならんこともあるしな」
「何しろ、別にイミがあったわけじゃねぇよ」
いつになく饒舌な日向を呆然と見ている自分に気付いた。
こいつ・・・
―――― 何だか妙に嬉しくて。悔しくて―――。
何も言えなかった。
「・・・・とりあえず・・」
「一応の俺達の最終戦だったのかもな。この夏は」
「・・最終戦ね。そんなとこかもしれねぇな。俺たちのチームにしろ、これでメンバーがそろうこともねぇだろうしよ」
今まで俺にとってサッカーってのは、あいつらとのものってのが当たり前になっていたから―――― 。でも―――…
「あほ。そんなこと言ってられなくなるぜ。これからは世界相手にやってくんだからな。わかってんだろうが」
―――言ってくれると思ったよっ、まったく。
お前とじゃ感傷にひたるなんて無理なんだ。殊に、俺の場合はさ。
窓の外はやわらかな闇。
今日はいつもより月も星も、綺麗に見えているような、そんな気がする。
「くすっ」
「なんだよ」
「んにゃ、何でも・・・」
平和すぎておかしいくらいで。俺がつい笑ってしまったのを咎めるように日向が少し顔をしかめた。
やっといつもの、俺の知ってる奴の顔がのぞけた。少し、安心した気分。
なんか変なもんだな。
そんな風になんとなく思っていると、突然あいつは意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「しっかしお前もよく『あの』チームをひっぱってきたよなー。ま、お前が大将だから全員であがっちまうなんて非常識なこともできたのかもしれねぇが」カチン
「何だよっ、それはっっ!!」
ほめてんのかけなしてんだかわからん、あいつのセリフ。
けどまずは感情が先に走るの生憎の俺の性分でねっっ
「あの連中の首領(あたま)にんなこと言われる筋合いはねーぞっっ!」
「おっ、やる気かよ」
「やってやろーじゃねーかっっ」
あいつの襟首つかんで、力を込める。が、あいつはへーぜんとしてやがる。
くっそ〜〜〜〜っっ
また腕に力がこもったその瞬間・・・
「ところで松山。『あの連中』ってのは誰のことかな?」
げっ、この声は・・・
「若島津ぅ〜っっ!?」
それに、その後にはユースメンバーの連中・・・
「お二人とも、その驚き方はちょっと失礼なんじゃないですかね」
「お・ま、いつのまにっ」
「ちゃんとノックもしてから入りましたよ。2人とも気付いてくれないんだもんなー」
反町のお軽い声。
「だいたい2人だけ抜け駆けなんてよくありませんねー。俺達はこうしてちゃんとお誘いしようと用意してきたのに・・・」
・・・いーけどね…。
いつの間にか俺たちは2人して座り込んでいて、部屋に来た連中の抱えている・・・酒やらつまみやらグラスやらを呆けて見ていた。
「2人でお楽しみのとこ悪いんですが、ちょっと失礼しますよ」
「んじゃ、はじめよーぜっ」
「おーっっ」
全員が嬉々として酒盛りの用意を始めた。
あとには ――――
「お、おまえらな〜〜っっ」
先に正気に戻った日向の雄叫びが、部屋の中で虚しく響いていた。
俺達の静かだったはずの夜は、なるべくしてなる方向へ変わっていったようだ。
どんなに世間が天才だ、奇跡の世代だ、なんて騒いでたって所詮はこんなもの。まだまだ俺達は子供のまんまなのかもしれない。
変わりたくなくても変わっていく・・・大人になる途中の ―――
ふ、と。俺はまだチームの連中とじゃれている・・・若島津に一方的に遊ばれているよーに見えなくもないが・・・日向に目を移す。
それぞれに、俺達も変わっていく。それがいいことなのか悪いことなのかなんて、わかりはしないけれど。
いい意味においても悪い意味においても。遅くも、早くも・・・。
そうして変わっていく中で、今まで変わってきた中で、日向は。周囲にいる人間の中でも俺にとってどこか特別な位置を占めて存在している。
でも、俺は―――。認めるものは認めなくちゃいけないと思っている。けれど、あいつに負けることは絶対認められない。いつか、追いつき、そして追い越してやる。
そんな思いにつかれて。
それはあいつが存在する限り、俺が存在する限りきっと消えることなく思い続けることで・・・。
夜は更けてゆく・・・。俺達の、俺の、いろんな思いものせて、月の夜はふけていく。
酒と嘘でみんな笑い飛ばして。耳に聞こえてくる話も、自分が落とした言葉もみんな明日の朝には見ず知らずのものに変わってくれるだろう・・・
ああ 月の夜は ―――――
タイトル 『Over Night』
B.G.M 中島みゆき 『月の夜は』
コピー本 『Priod』より