「……」
「おい、耕平、聞いてんのか?!」
「んな大声出さなくても聞こえてるっ、うるせーぞっ」
 しばし今度は本当に言葉を失ってしまった自分に受話器の向こうから呼びかける声に、つい乱暴な言葉で言い返してしまっていた。それでも、あまり大きな声にはならないように気は使ったままではあったが。
 電話の相手は緒方だ。何だかんだ言っても、結局は嫌いにはなれない兄。頭も…あがりきらない思いをすることは多い。勿論、耕平はそんなことを口に出したりはしないが。

 今日も帰りがけに緒方と高杉の家に寄っていた。猛も一緒に。おまけに言えば、気づけば一緒になることが多くなった式部と堤、坂本と桂も。
 桂の誕生日だということが発覚し、その上どこからか何故か調達されてきた笹が部屋に乱入し、誕生日だ、七夕だと、いつもに増して賑やかな時間を過ごして帰ってきた。いい大人達が…かもしれないが、そんな時間があることを、少し気に入っているかもしれないのだと耕平は思っている。
      

      *


『猛くんがな、短冊書きかけて一度止めたんだ。悪いと思ったんだけどつい、覗いちまってな…あ、でも猛くんは「いいですよ」って言ってくれたからな、それだけは先にお前に言っておくぞ』
『「ずっと耕平と一緒に…」って書いてて、結局すぐにその短冊は折りたたんで横によけちまってたんだ。結局そのまま没にしたみたいなんだけどよ…』
『それは飾らなくていいのかって聞いたら、猛くんな、』
『「一番に浮かんだんだけど、これは願わなくてもかなうから」って。自分自身でかなえることだから、それに「耕平がかなえてくれるから」って、言ってたんだ』
『勿論、そういうのを願い事にしてもいいのは解ってるけど、そう思ったから今回は違うことを書きますって、そう言ってた』

 そして自宅に戻って夜も更けてきてからかかってきた電話で、緒方に聞かされる今日あった出来事。
 笹が出てきたからには飾りつけでも、と。全員で何かと飾りを作ってみたりした。勿論、短冊も。
 猛の書く願い事が気になったが、その場では自分に見せもらえず、帰る間際に一度それを探してみた。でも、見つからなかったのだ。

『……で……、帰りにな、猛くんこっそり俺に短冊渡していったんだ』
「え?」
 ずっとろくに返事もできず、緒方の言葉を聞くばかりだったのだが、ここで思わず声がもれた。
『耕平に会えて嬉しい。ありがとう…って、書いてあったぞ。この幸せ物が』
 きっと電話口で、優しく笑いながら言ってくれているのだろう、緒方の言葉。
 そもそも、こうしてこういうことを知らせてくれるのが、彼の優しいところでもあるのだ。猛とのことでも、ずっと気にかけてくれているのは…認めたくはないところではあるが、自覚している。
 でも、今はそれよりも…。

 猛にはいつになっても驚かされる。
 自分が思いもよらないところで、思いもよらない気持ちを感じさせてくれる。それも、とても嬉しいと思える気持ちばかりを……。

『おい、耕平、聞いてんのか?!』
「んな大声出さなくても聞こえてるっ、うるせーぞっ」
「……ん…? …こう、へ?」
 大声にならないようにしたつもりだったが、思っていたより響いていたらしく、話をしていたリビングの真ん中でうたた寝をしていた猛が目を覚ました。
「あ、やべ。起しちまったじゃねーか。切るぞっ」
『て、おい。もしかして猛くん、いるのか?』
「いるよっ。今日は泊まりだ。んじゃな」
「おいっ、耕平!」
 耕平はそのまま勢いよく受話器を置いてしまった。電話を切ってしまったのは、一瞬の出来事のようだったが…。

 緒方の耳には、電話が切れる瞬間に投げ捨てるように、でもきっと複雑な顔をしながらいったであろう耕平の「ありがとなっ」の声は、しっかり届いていたのだった。

 猛の側に近づき、そっとその横に膝をつく。
「起しちまったな、ごめん」
「俺…寝ちまってたんだ…」
「疲れてるようだったらそのまま寝かせてた。今日はもうこのまま休め」
「お義兄さんから? 電話だったみたいだけど」
「終わるとこだったから、気にするな」
 自分が中断させてしまったとでも思ったのか、ちょっと済まなさそうな顔をする猛に優しく言ってやる。
 半分寝起きの瞳が、幾分ぼんやりと自分を見る。普段は何の曇りもなく、まっすぐに自分に向かっている瞳が。
 そんな様さえ、かわいくて。愛しくて。
 
「ほら、自分で歩けるか?」
「大丈夫だよ」
 口ではいいながらも、少しだけおぼつかない足どりの猛を支えてやりながら寝室へ向かう。そしてベッドに入るのも手伝ってやってから…
「おやすみ」
そっとその頬にひとつ。口付けを落とした。
「ばぁか…」
 少しくすぐったそうに身体をすくめ、口元にだけ笑いを浮かべて猛のそんな声が小さく聞こえる。
「耕平は? まだ寝ないのか?」
 もう目を開けてはいられない位には眠りに支配されそうになっているのに、どこかでまだ少しだけ残っている意識で猛は話しかけてくる。
 その仕草と言葉に、耕平は思わずもう一度口唇を寄せてしまう…。今度はおでこ
に、軽くキスを落して。
「もう寝てろ。俺もまたすぐに来るよ」
「……う…ん…」
 そのまま耳元で優しく囁いてやると、また笑みを浮かべて…今度は吸い込まれるよ
うに猛は眠りに落ちていった。
 ベッドに腰掛け、しばらくの間耕平は静かにその髪に触れ、猛の寝顔を見つめていた。

「二人で、かなえていこうな」
 その寝顔に語りかけてしまう声。

 願っていることはきっと一緒。
 ずっと、一緒に。貴方と、一緒に…。
 でもそれは、誰でもなく、自分達でつかんでいく幸せ。

 お互いが、そのことを大切に考えていたら大丈夫。
 お互いを、大切に思っていたら大丈夫。
 お互いの、大切なものを大切に思えるなら絶対大丈夫。

でも、そんな風に思える強さを自分にくれるのは、きっと…

「お前…だな」
 耕平は、もう一度そっと身体を傾け…触れていた髪にやさしく口付けた。

                                〜 Fin 〜

B.G.M. & Title 『星語り』 by. 森奈みはる