RR・・・・RR・・
 
 やべっ、電話が鳴ってる。
 部屋のキーを慌てて取り出し、部屋へ飛び込んだはいいが、受話器へと手を伸ばした途端・・・
 コールはピタリと鳴き止んでしまった。

 大学進学のため、4月に東京へでてきて早ふたつき。
 今までがのんびりした環境で過ごし過ぎていたのか、周囲のめまぐるしさについていけない今日この頃・・・。
 別に上京するのは初めてではないければ、いったい何処からこんなに人が湧いてくるのか・・・俺は、ほんっと、疑問に思うぞっっ。
 ―――― とは言っても、こうやって言えるのも、少し周りの見えるようになった最近の事で、実際こっちへ出てきた頃は、周りの人間からみても俺はどんなにか忙しない人間かと思われていたと思う。――――− 引越しのゴタゴタ、学校のゴタゴタ、バイト探し――― そして勿論、サッカーのこと・・・。
 今思えば、今見える周囲の状況と五十歩百歩だと思うのだけれど。皆、年中こうして暮らしているのかと考えると、俺は思わず道行く人々を尊敬の眼差しで見てしまいそうだ・・・。

 そんな毎日だったから、この事態は当然あってもおかしくないものだったが ――――。

 目の前に日向がいる。なーにを怒ってんだか(心当たりがないではないが…)ぶーたれた顔で。FANが見たら泣くぜよ、おい。お前の、んな顔見たらよ。
「ほらよ」
「おう」
 グラスを差し出してやると、無愛想ながらも返事をしつつ、あいつはそれを受け取った。
 気付いたのは何時だったか。こんな日向を見ることが出来るのは俺達だけなんだってこと。ごく。ごく近しい者達だけしか知らない、奴の顔もあるってこと・・・。

 フィールドの中で脇目もふらずボールを追い、そしてゴールへと。走り抜ける。猛虎の名に相応しく、雄々しく。
 対峙した時に見る眼光の鋭さ。真夏の太陽の下。すべての者を惹きつける強さ。それが日向小次郎だった。
 そして、俺にとっては・・・。

 いつものように1日のスケジュールをこなしアパートへ戻って来、家の前で待っている人物を認めて驚いた。
「日向?」
「よお。遅かったな」
 どれ程そこにいたのだろう。あの短気な人間が。
 日向が突然訪ねてきたことより、いつ帰るかもわからない俺をずっとあいつが待っていたであろうことが俺には意外だった。
 奴を促し部屋へ入って、二人とも食事がまだだったのでありあわせの食事をし。こうして落ち着くまで、そういえばろくに会話はしていない。けれどけして不快ではない時間が過ぎる。
 過ぎていた、のだけれど ―――――・・・

「どうして何の連絡もよこさねぇ」
 あちゃっ。やっぱり不機嫌の原因はそこだったわけやね。
 突然の日向の声に、俺の中の平和な時間はくずれ去った。
 さて、どう言っていいものやら・・・。別に理由らしい理由なんていうのはないわけで・・・。ただ忙しくて。それに・・・。
「別にこれと言って用事もなかったし、忙しくてさ」
「理由にならんな」
 あのな、そういう言い方はないだろうが。
「お前なー・・・」
「電話の一本もよこせねー程忙しかったのかよ」
 う・・ 言葉に詰まる だからっっ・・
「そ、そういうお前こそ電話の一本も・・・あ・」
心当たりがある。留守番電話の、メッセージを入れる前に切られた音。近頃録音されていることが多くなっていた、あの音。
『留守電は好かん』
 そういえば言ってたよな。それに少し考えればこいつがメッセージ入れるような奴じゃないってことはわかる訳で――――
「ま、今更言ってもしかたねェがよ」
「わりぃ――――」
 ずるい奴。
 俺が気付いたのを認めてから言葉をひいてしまう。謝るしか、なくなるじゃねぇか・・・。

 俺は何となくバツが悪くて、自分の持ったグラスをもて遊びながらじっと見ていた。
「逢いたかったのは俺だけか?」
「へ?」
 ―――― 何? 何てった?
 唐突な言葉に思わず顔をあげてしまった俺は、日向の目線にぶつかりそのまま動けなかった。いつの間にか日向の顔が至近距離にある。少し、苦笑まじりの顔をして。
 日向の手が、静かに髪に触れてくる。
「少しくらい嬉しそうな顔もできないのかよ」
 ふと、その動きを止めて言うあいつ。すねてやんのっ。かわいいっっ。
 そう思っていることが顔に出てしまったのか、あいつは『ちっ』と軽く舌打ちする。
「いいけどよ――」
「・・・お前、その様子じゃ今日が何の日かも覚えてねェんだろうが」
「?」
「お前な。いくら何でも、てめェの生まれた日くらい覚えていやがれ」
 んな・・・ヤケになったような口ぶりで言うセリフでないだろう、に・・・
 ・・でも―――――

 日向の手のひらが頬に触れる。
 ふと、一瞬優しい表情になり、そして、ゆっくりと近づいてくる奴に・・・

 ――― 俺はそれを静かに受け止めた ―――――

 悔しいけど、こいつの顔見て俺は安心してる。
 東京へ出てきた当時以来、実際会ってもいなく、連絡もしてなかったわけだけど。
 改めてどれだけ自分に余裕がない日々を送っていたかを思い知らされる。
 それと。

 逢いたかったのはもちろんお前だけじゃないよ、日向。
 闘えることを選んで、大学も東邦の誘いは断って。それでも結局は中央へ出てきたのだけれど。
 多分、俺は怖かった。こうしてあいつの存在の大きさを知らされてしまうのが。忙しさにかまけて、こじつけて。きっと無意識にさけてたんだ。それはきっと、少し考えればわかること。
 今更のことかもしれないけれと、特別の存在のあいつ。
 一番しゃくにさわって、一番反発して、一番素直になれなくて、一番気にくわない奴なのに。結局俺はあいつに振り回されている。その存在故に・・・。

 負けたくない。あいつの強さをいくら見せ付けられても。これだけは。

 そう思い続けてここまできた。少しばっかりややこしい感情も混じってしまった俺たちだけど、お互いのそのポジションだけはしっかりと守ってやっていきたいんだ。

 そして、いつまでもこんな風に。

 その日以来、日向はうちに度々顔を出すようになった。ついでに言えば若島津や反町もちょくちょく足を運んでくる。
 ただでさえ下宿ってのは体のいい溜まり場にされてるとこ、輪をかけてややこしい連中ではあるけれど。俺は結構この状況を楽しんで生活している。

 とにもかくにも今は
  ――――― この時間をくれてる奴等に感謝。



           タイトル MIYUKI NAKAJIMA  『御機嫌如何』
          B.G.M. OKAGESAMA BROTHERS 『A ISOGASHI』


SOLDIER BOYS さま 発行 『NEUTRAL』より