この季節になると街がいつもよりずっと賑わしく思うのも、きっと気のせいではないのだろう-----。

 そこここのウィンドウの内側には雪景色や外国の景色が拡がり、いくつもの絵本の様な世界ができあがっている。そして、それと同じくらいに沢山様々なクリスマスツリーが街に彩りを与えている。時折、サンタクロースの姿までも目にすることができる。
 耳に聴こえてくるクリスマスソングと共に、それらは今年一年の終わりと、この特別な1日が近づいてくることを感じさせてくれていた。


 そして今日は、クリスマス・イブ。

 賑わう街の中を耕平は歩いていた。
 青空が広がるものの、今日は朝から冷え込みが厳しい。昼近くなり陽の光の下では温かさを感じられる様になったとは言え、吐く息は白く変わってしまう冷たい空気のままだ。
「さび…」
 少しばかり肩をすぼめ、手にその白い息をかけながら信号待ちで立ち止まった耕平に、とん、と軽く誰かがぶつかった。
「あ」
 振り向いた先…耕平には少し見下ろす場所に…女の子の姿がうつる。
 衝撃でバランスをくずしたのだろう彼女を支える様に、傍にいた彼氏らしい男の子が腕を添えていた。
「す、すみませんっ」
 慌てて謝罪を口にする相手に『いや、大丈夫だから』と答えると、彼女は少しほっとした様に顔をほころばせる。
 彼女がしっかり体勢を直したことを確認して、男の方もそっと手を引いていった。
 "大丈夫か?"小さな確認の声に"うん、ありがとう"と、彼女の返事。
 …そんな二人のやりとりを微笑ましい気持ちで耕平が見ている間に、目の前の信号が変わった様だ。人が一斉に動き出す。
 流れにまかせて動きだしながら、二人はもう一度耕平を振り返り、「すみませんでした」と軽い会釈をして離れていく。耕平も軽く手を振って返してやった。
「本当に、気をつけろよな」
「は〜い」
 そんな声が遠ざかるのを耳にしながら二人の楽し気な姿を目にしていると、なんだかあたたかい気持ちが自分の中に生まれてくる気がした。

 ふと周囲を見渡せば、二人の姿と同じに、楽し気な…そして、幸せな笑顔が今日はいつもより多い気がする。
 『この日は特別な日なんだからな』
 ふと、そんな声が耳によみがえってきた。
 自分が何よりも一番好きな笑顔と一緒に。
 (猛・・・)
 ポケットの中に手を入れてみる。
 手に触れる小さな箱。浮かんできた笑顔の持ち主にと選んだ、クリスマスの贈り物。
 沢山の笑顔と、沢山の幸せと。いつも身体いっぱいでくれている沢山のものに、どれだけ自分は応えることができているのだろうかとふと考えてしまった時…。
 『返しきれない想い』ばかりが自分の中にあることがよく解る。
 今日はせめて、いつもより少しでも沢山の幸せを返したくて。精一杯のもてなしと、この小さな箱にも特別な1日の想いを詰めている。
 このプレゼントを、彼…猛はどんな笑顔で迎えてくれるのだろう。

 きっとこんなことを考えるているのを猛に話したら、また「ば〜か」と言って、笑ってくれるのだろう。少し恥ずかしそうに怒った口調で。それでも嬉しく思ってくれているのは解る笑顔で。

 -----今日はまたその笑顔に会える。
 そう思うと、知らずに足を早めてしまっている耕平だった。


    ※     ※     ※


 2学期の終業式も終え、開放感に包まれた賑やかな教室の中で、猛は親友の十条と帰り支度を急いでいた。
「悪ィな、板橋。なんか、つきあわせるみたいでさ」
「違うって。俺も丁度行きたいとこあったしさ」
 顔の前で手を合わせ、申し訳なさそうに言う十条に猛は笑って答えている。
 年下の恋人、北千住へのクリスマスプレゼントを買おうと奮起したのはいいが、最後の最後に残ったふたつの候補からひとつに絞れなくなってパニックしていた十条に、猛が声をかけたのだ。「一緒にもう一度見に行こう」と。
 最終的には勿論十条本人が決めることだと思っているが、第三者が居るとまた違う視点で考えることが出来るかもしれない。そうでなくても、一人で同じところをぐるぐるしてしまう状態からはとりあえず抜けられるだろう。
「いや、でも…」
「何だよ」
「等々力コーチと、約束とか…さ」
 ますます申し訳なさそうにした十条の口をきって出たその言葉に瞬間はひるんだものの、猛はそのままを答えてやる。
「約束はしてるけど…あいつが家に帰ってからだよ。陸上部の部活が終わった後。お前だって一緒だろ?。それに、お前について行くって言っても、俺も用事があるだけだよ。用件は同じだしさ」
「……」
「な、何だよ」
「そりゃ…そうだな。何で俺、気付かなかったんだ。ばっかだよな〜」
 バシッと、猛の背中をたたき、笑いながら十条は言う。
「んじゃ、行こうぜ〜」
「お前な…」
 少々あきれながらも、いつもの十条の姿に猛も安心し、その後姿について行った。

(耕平、気に入ってくれるといいな…)
 以前からチェックして、取り置いてもらっているプレゼントを今日引き取りに行って、耕平に渡すつもりなのだ。
 その時の耕平のことを考えると、ひどく楽しみだ。

 その時の猛の様子を十条がさり気なくうかがい見ているのを、猛は気づいていない。
 ----- 本当に幸せそうだよな、こいつ…。無意識に、それも無言でノロケられてる気がするのは、気の所為だと思っておこう……。
 小さくひとつ、十条の口からため息がこぼれるのが聞こえた。

     

 共に無事恋人へのクリスマスプレゼントを手に入れた後、猛は十条と街中で別れた。
「うわ、遅くなった…」
 気が付けば予定より随分時間が経っている。約束の時間には急げば何とか間に合いそうだが、少し急いで向かった方がいいだろう…。
 猛は少しだけ足を速めた。

 
      ※     ※     ※


 今年のクリスマスイブは、耕平の部屋で迎える約束をした。
 『それじゃ、腕によりをかけて準備しないとな』
 楽しそうに笑った声での耕平の言葉を、猛は思い出す。
 どんなクリスマスが待っているんだろう、どんな耕平に会えるんだろう。
 考えるだけでまたワクワクしてくる。嬉しい気持ちが溢れてくる。

 ----- きっと耕平は、もう準備を整えて、あたたかい部屋で待て居てくれてる。

 そう考えると猛は、思わず駆け出してしまっていた。

 
 
 勢い良く階段を上がると、猛がそこに立つ前にそっとドアが開く。
「音、まる聞こえだぞ」
 笑いを含んだ、いつもの笑顔。
 応えを返そうと思うのに、息があがって声にならない。
「なんだ、そんなに急いできたのか。とにかく、あがれ」
 そう言って家の中へと促してくれる耕平に、笑顔を作って大きくうなづく。そして、一度目を閉じて。息を吸って、大きく吐いて…。
「耕平」
 正面からもう一度、耕平に向き合って。  
「Merry Xmas」
「……ああ、Merry Xmas」
 ますます深くなる大好きな笑顔が瞳に映り、そっと近づいてきたと思ったら、頬と唇に小さなぬくもりが落ちてきた。


 いつもと同じはずなのに、やっぱりいつもと少し違う特別な時間。
 変わらない笑顔が、もっと特別に幸せに感じられる瞬間。
 「ありがとう」と一緒に、特別な貴方に贈りたい。

 いくら伝えても足らない、「好き」と一緒に…。


「さ、ディナーの席へご案内だ」
 髪を優しくかき回していった手が放れていく…。
「うん。俺、すっげ、楽しみにしてたんだ〜!。早く行こうぜ」
「俺の自信作だからな。驚けよ〜」
「それは見てからだなっ」
 そう言って、耕平の腕を取り猛はリビングへ向かう。
 その腕の温もりに、耕平は気持ちまであたたかくして、少しだけ目線の下にあるその姿を見つめていた。

 
   二人だけの。 幸せな聖夜の始まり・・・・・


 窓の外の闇の中に静かに雪が舞い降り始めたのは、それからしばらくたってからのことだった・・・。

B.G.M. & Title 『A GIFT FOR YOU』 by. THE JANG○