丁度待ち合わせ場所に着いた時に、静かに雪が舞い始めた。


 賑やかな通りにはきらびやかなイルミネーションが輝いている。闇の色が静かに深くなるにつれ、その色はますます鮮やかに浮き上がる。昼間よりももしかしたら明るいかもしれないこの季節独特の、街の風景…。

 寄り道してくるからと、家を先に出た猛と待ち合わせのビルの前に立ち、耕平はそこに猛の姿がまだ見えないのを確認してから一度空を見上げる。そして、静かに白く小さな雪が降りてくる様子をしばらく目に映していた。
 空から落ちてくる雪は、見上げて見ると不思議な感動を与えてくれる。喧騒の中にいながら、音が消えてしまう感覚…。
 それでも街はめまぐるしく動いている。
 その中に佇んだ耕平は視線を地上に戻し、息をついてから手元の煙草に火をともした。


 大学に進学した猛と一緒に暮らし始めて8ヶ月の月日が流れ、季節を二人でひとつづつ重ね…今日は初めてのクリスマス・イヴになる。
 昨年は自分が風邪をひいてしまいこのイベントの予定を変更させてしまったのだが、自分のことを気遣ってそれでも不満はひとつもこぼさず、猛はそばにいて看病してくれていた。
 そして…猛からもらったクリスマスプレゼントは、サイドテープルにメッセージカードと一緒に置いてくれていた小さな包みと、次の年のクリスマスの「約束」。
 猛にとっては耕平にさせた小さな約束かもしれないが…当たり前に来年の約束を口にしてくれることがどれだけ嬉しいことなのか、猛はどれだけ解って言ったことなのだろうと、ふと考えてしまう…。猛にはそれが、きっと一番自然なだけなのだろうが、それが大きな意味を持つことは、きっと意識はしていないだろう。

 そして、こうして果たされる約束が…どれだけ幸せなことなのかを…しっかりと受け止めて、これからの時間を二人で過ごしていきたい。大切な相手との、これからも続く大切な時間のために…。



「ごめん、耕平!!」
 二本目の煙草が短くなった頃、待ち人の声が背後からかかる。よほど急いで来たのだろう、かなり息があがった声が自分の名前を呼んでいる。
「随分待ったか? 少し、ぬれちまってるな…。ごめん」
「いや、さっき俺も着いたところだ」
 少し大きめの、綺麗な目を眇めて、猛はすまなそうな顔でハンカチを取り出し耕平に手を伸ばそうとする。
 それを軽くとどめて、耕平は自分で少し湿った髪に指を通した。
「大丈夫だから」
 穏やかな微笑みを猛に向けながら。
「……ん…」
 その表情を受け止めて、猛も手をおさめる。


 猛の大人びた表情を目にする機会がまた最近増えた。
 顔つきそのものも少しずつ大人になってきているのを、感じる。それでも自分にとっては、「かわいい猛」ではあるけれど、男らしく成長していく様子をこうして間近で感じられるのも…耕平は、また嬉しく思う。
 今日は猛もスーツを身につけている。自分がプレゼントしたそれも、最初に袖を通した時よりしっくりとおさまっている様に見える…。
 そんな数々の変化が見られる中でもずっと変わらないのは、こうして自分に向けられるまっすぐな、自分だけを見つめる瞳だった。
 その瞳が自分を映す。


「耕平」
「行くか」
 うなずく猛の背中に軽く手を回し、行く先を促す。
その手はすぐにコートのポケットに収めてしまうが、肩が触れ合う距離で二人、並んで歩いていく。

「なぁ、耕平」
 嬉しそうに…そして、少しだけおかしそうに呼びかけられる名前。
「何だ?」
「左手…やっぱりお前もしてきたんだな」
 笑いを含んだ声。そして、猛は自分の左手を軽く握ったこぶしの形で耕平に見せる。
「そんな気がしたんだ」
「俺もだ」
 二人の顔に同時に笑いが漏れる。 


 猛に渡した、自分とペアのリング。
 形だけだけれど…と手渡したそれを、普段するわけにはいかない分、折あるごとに猛は指に光らせている。
 特別に約束しているわけではなくても、こんな日には同じ気持ちになってしまうらしい。部屋を出る時に、耕平がふと取り出したそれと同じものを、猛も左手の薬指につけてくれている。
 

 見上げてくる笑顔は、ここ一年でまた少し精悍に…そしてますます綺麗になった。きっとこんな表現をすれば猛は怒ってしまうのだろうが…。
 見た目だけではない。出会った時から純粋で、まっすぐで素直な…綺麗なままの猛だ。それが、年を重ねるごとにますます見えてきているだけのことだと、耕平には思える。自分にはことさら強く感じるのだろうけれど。


 そんな大切な人の笑顔が、いつもすぐ近くにある。
 こんな小さな、けれど愛しい事実。
 


 笑っていて欲しい。
 できるなら、これからずっと。何にも憂いをもつこともなく。
 幸せでいられるように。穏やかでいられるように…。


 隣りに並んで歩く恋人を見守りながら、耕平はそう思う…。


 ―― 優しい雪が、街の中に消える二人の上にも静かに降り続いていた…。





 ・・・今日の夜が貴方にとって、幸せな夜でありますように。
     そしてどの夜もが、優しい夜でありますように……。    



 
                             〜 Fin 〜

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and...
 読んでいただいて有り難うございます。
 このお話は、2001年度末に「世紀末☆ダーリン」トドタケ北海道編がCD化されることが決まり、それの気持ち…位の些細なものですがこちらのサイトでのお祝いとしてあげさせていただいたものです。

 そして、このお話は一緒にあげさせていただいたギャラリーの片岡のイラストとリンクしたお話になります。よければ是非一緒に御覧下さい。(藤沢)