Be with me...
「気持ちだけのものかもしれないけどな…」二人だけで訪れた北海道旅行最後の日。俺には忘れられない思い出の場所で。
あの時と変わらないあったかいあいつの腕の中で目覚めた朝に、耕平が俺に見せてくれたのは銀色の小さなペアの指輪(リング)だった。「これ…?」
とっさに何だか解らずに戸惑ってしまう俺に、耕平は嬉しそうに笑いかけている。
「これからはずっと一緒だろ。……受け取ってくれるな?」
少しだけ声のトーンを落とし、少しだけ真剣な顔になって…でも瞳はやっぱり優しいままで。
耕平の顔とその指輪の間を視線で何度か往復しているうちに、その意味するところは解ったけれど…
「こんなの…どーすんだよ」
一応文句は言ってしまうけれど、どうしていいかも解らないけれど、自分の中では嬉しい気持ちがどんどんひろがっていくのが解る。
(でもどう返事していいかなんて、すぐにわかるわけないだろ…)。
そんな風に思ってしまう俺のことも、こいつにはきっとお見通しなんだろうけど。
いつでもそうだ。俺のこと、俺が不思議に思うくらいに見透かされてる。…何でって思うくらい、解ってくれてるんだ。「そんなに難しく考えることはない。いつもしてる訳にもいかないものだから、ほんとに『気持ちだけ…』になるけどな。俺が。猛に渡したかったんだ」
目許に触れるキスがくすぐったい。
「持っててくれるだけで、かまわないから」
「……」
耕平の顔から、あいつの手の中のそれに視線を落とす。こんなものかくしてやがって…。
それもこんな場所で、こんな朝に渡すなんて反則だと思う。またここが、俺にとってもっと特別な場所になってしまうじゃないか…。「たける?」
俺が返事をしないことに心配になったのか、ほんの少しだけど弱くなった呼びかける声に、俺は意を決して少しサイズの大きい方を手に拾い上げた。
「おい」
「左手っ!!」
右手にそのリングを持ち、そして左手で耕平の左手をよこすように勢いよく促す。俺のこの反応は予想外だったのか、耕平は戸惑っている。この旅行の最初から驚かされっぱなしだった俺には、その位のリアクションとってもらわないと割に合わない。いい気味だ。
そう、思うのに…。「猛…」
穏やかな声と共に、差し出していた左手をあたたかい耕平の手にとられてしまう。
「嬉しいけどな。まずは俺から贈らせてくれ」
そのまま、静かに俺の薬指に耕平の唇が触れる。
そして、あいつは手の中に残っていたケースからもう片方のそれを取り出すとゆっくりと…その指輪を俺の左の薬指に通していった。俺は、ただそれを見つめているしかできない。
「『これからの一生を、俺と一緒に過ごしてください』」
耳許にそっと、そんな言葉をそんな声で囁くのも反則だよ…。
そして、頬にまたあたたかい感触を残して離れていく。
目で追ってしまう耕平の顔には、俺の大好きな微笑みと、いたずらしてる時の瞳の色。
「『汝、板橋猛はこの等々力耕平を一生の伴侶として認めてくれますか?』」
さっきから作られたような言葉を、台詞を話すように繰り返す耕平。自信たっぷりな口ぶりなのに、語尾だけ何で「くれますか?」なんだよ。それも、指輪渡してからなんて…事後承諾になってんの、解ってんのかよ、バカ。俺、今どんな顔してるんだろう…。
悔しくて、恥ずかしくて、ちょっと呆れてもいるけど…でも嬉しい。答えだけはちゃんと返したい。やっぱり恥ずかしいのは変わらないけど…。
「俺に…お前の他の、誰がいるってんだよ」
だから、こんな口調になるのだけは許して欲しい。
「認めて…、やるよっ」
耕平の顔が嬉しそうに、さっきとも違う笑顔に変わっていく。『ありがとう』、って言葉をつづる優しい声。ほんとに、俺、こいつのことが好きなんだって。またこんな時にも思ってしまう。そう思わせてくれる、お前が居てくれることも、嬉しい…。「さ、俺にもしてくれるか?」
促されて…右手に持ったままになっていた指輪を、今度は俺があいつの左手の薬指に通していく。
いつも思うんだ。こいつ、指も長くてすごく綺麗なんだよな…。そこに、俺とお揃いのリングが光る。何だか不思議な感じがする…。
「『等々力耕平は、汝、板橋猛を一生の伴侶とすることを誓います』」
問い掛けの前にくれる、耕平からの誓いの言葉。恥ずかしくて俺にはそんな台詞、言えそうもなかったから助かったけど…。やっぱり全部俺のこと、見透かされてるようで悔しくて。嬉しくて。
顔を上げた俺の前に、耕平の顔。
「そして、誓いのキスだ」
「ばか」
そんな俺の言葉にも、やっぱり返ってくるのは嬉しそうな微笑みなんだ…。
そしてゆっくりと近づいてくる耕平に…俺はそっと目を閉じる。いつもの…でもちょっとだけいつもと違う耕平を感じながら、俺はあったかい幸せに包まれていた。
『俺、最後にもうひとつ嬉しいことがあるんだぜ』
そんな風に、これだけは先に言ってやろうと思ってたことがあったんだ。修学旅行の時と、一番違うこと。これは解らないだろうと思って。
けれど、こいつはそれさえも俺の先を越してしまうんだよな…。
「今日は、この部屋を出るのも一緒だな」
ふと言葉にされたその事実がそれだった。
前は俺の修学旅行の時だったから当然なんだけど、一緒に帰るどころかこの部屋を出るのも別々だった。でも今日は…一緒にこの部屋を出て、一緒に…同じ家に帰るんだ。
そしてこれからも、ずっとずっと…。
*
この旅行中は、やっぱりそのままにしておきたくて。
まだちょっとそこにくすぐったい違和感が残る薬指にその指輪をしたまま、俺は帰途につく。
飛行機の中、隣の耕平はさっきから眠ってしまっていた。ずっと運転したりしてくれてたんだもんな。きっと随分疲れたんだと思う。
俺は少しだけ…耕平の方に身体を傾け、そっとその肩にもたれてみた。耕平が起きる気配はない。…もう少しもたれかけて俺も目を閉じた。
よく知ってる、耕平の体温とにおい。
「大好きだよ…」
そっと呟いて、身体の力を預けていたら…。
俺もそのまま、あたたかい眠りの中にひきこまれていってしまった…。〜 Fin 〜
B.G.M. 『誓いのヴェール』 by. B#
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