「こーゆーのを”鬼の攪乱”っつーんだよな」
「あっははっ。あたってる〜!」
 ひとつ部屋に集まった10人の元気いっぱいの連中が口々に好きなことをのたまっている。
「おまえらな〜…」
 その声にひとつ。少々いがら声の抗議があがった。
 声の主は北海道はふらの中学サッカー部キャプテン、松山 光である。場所は彼の家。彼の部屋。
 しかし、当の本人は部屋の端のベッドの上でぶ厚い布団をかぶせられ、横になっていた。御丁寧に額には濡れタオルをのせられて。
「ほら、松山。無理して声を出さない!。風邪が悪化するだろ」
「皆も少し言い過ぎだぞ。いくら本トのこことはいえ」
「かとーーっっ!!」
 その言葉についに耐えかねて松山は身体を起こし、自称『見舞客』達に詰め寄ろうとしたがその内のひとり、金田に宥められて何とか床に戻った。

「まったく。普段元気な人間がたまに風邪引くとこたえるんだよ。松山も自覚しろ」
「何で俺に矛先が向くんだよ・・・」
 不平をもらしながらも大人しくなる松山に周りの連中も少しだけ態度を神妙なものに変え、何とか部屋の雰囲気も落ち着く。
 しかしその時大きなお盆を持って、松山の母と姉が顔をみせた。
「皆、久しぶりだねー。元気にしてたかい?」
「はいっ」
「おじゃましてま〜す!!」
 咄嗟にそう揃う声は、さすがと言っていいのだろう。
「外は寒かったっしょ? コーヒーと紅茶とミルクいれてきたからね。それとこれ、今日焼いたから皆で食べな」
 二人の運んできた盆の上には、人数分の温かい飲み物と、手作りのマドレーヌが山のように積んであった。
「うっわー、すげ」
「ありがとっ、おばさん」
「サンキュ、お姉さん」
「なんの、なんの」
「でも、これこんなにもらっていいんですか?」
「もちろん。あなた達にと思って作ったんですもの」
「光が学校休んだらあんた達はつめかけるに決まってるでしょ。母さん朝から張り切って作ったみたいだから遠慮はいいのよ」
「これっっ」
 ───全員が小さい頃からいつもじゃれあってきた連中なのである。松山の家族にしてみてももう子供や弟も同然であった。ことさら母親はこの連中が顔を見せるのを喜んでいて、何のかのと世話を焼くことが楽しみでしようがないようだった。ホットドリンクにしても、その証拠に全員分「好み通り」に出してしまえるところはさすがとしか言い様がない。

「いつもありがとね。今日は練習は?」
「もち、終わった後にきてますよ」
「でないと、松山んとこになんて来れませんて」
 佐瀬の言葉に女性二人が不思議そうな顔をするのに、
「顔をみるなり『お前ら、練習は〜?!』なんて言われるのがおちですから」
 山室がすかさずフォローに入る。
 途端。
 部屋はまた爆笑に包まれた。

 実は、この言葉は過去実際に松山が発した言葉だったりする。
 その日は練習になかなか現れなかった松山を心配して皆で学校中を捜しまわり、やっとのことでその姿を見つけた途端に・・・この言葉を松山は叫んだのだ。
 彼等にしてみればいつ、どんな時でも必ず一番のりでグランドに現れているはずの松山が現れないので、これは何かよっぽどのことがあったに違いないと思ったわけで。
 が。
 当の本人にしてみれば、担任からの仰せつかりの仕事が終わらなくて職員室でふてくされつつも急いで手を動かしているところだったので。こんな言葉が口をついて出てしまったのも仕方のないことなのだろう。彼は練習がしたくてたまらなかったのだから。

─── 「サッカーしてぇ」
 笑いの渦の中。ぽつりともれたひと言に皆が振り返った。
 ベッドで横になったままの松山の口から出た言葉であるのは瞭然である。
 天井を向いたまま。濡れタオルを片手で軽く持ち上げて、目線はそこにあるのに別にそれを見ている風でもない。
「キャプテンっ」
 皆の視線が松山の方へ集まり少しの間静かな空気が流れたが、次にはチーム全員が顔を見合わせて肩をすくめ、破顔していた。
「治ったら嫌ってほどすりゃいいって。俺達だっていくらでもつきあってやるよ」
「なんだよ、『つきあってやる』ってのは」
 視線を声の方へ移し、松山も口をはさむ。
「まあまあ、細かいことは気にしないっ。何にしろ早く治せよな。お前がおらんと、部内も静かすぎていかん」
「─── ・・・。もう、勝手に言ってろ」
 そう呟いて松山は、タオルを顔にペタンと落とした。

 まったく、この。口の減らない連中は。
 諦めを感じつつも、口元はほころんでいる。
 長過ぎるくらいのつきあいのおかげで、仲間内のことはそれぞれが承知している。喧嘩も数えきれないくらい重ねて。
 連中といる時間が好きだった。この空気が心地いい。
 サッカーをしている時も。じゃれているときも。いつも一緒にいるのがこの連中であることを嬉しく思いながら・・・。

 チームメイト達は、松山の母と姉からの差し入れを片手に彼女達もまじえて何か話を始めていた。
それを聞きながら松山は、ゆっくりと眠りへおちていくのを感じていた。

     ※      ※      ※

「じゃあ、また。おばさん」
「ありがとうございました」
「松山によろしく伝えといて下さい」
 口々に言葉を残し、元気な少年たちは松山家の玄関口を去っていく。
 『気をつけるのよ』の、松山の母の声を背中に、その後ろ姿は視界からゆっくり消えていった。

 富良野の冬。雪がまた静かに舞いはじめていた。

  〜 Fin 〜