「・・とりあえず持っていくか」
 封筒を制服のポケットにつっこむと、猛は部屋を飛び出した。


 

「あ〜〜〜〜、早く冬休みにならねぇかな〜」
 昼休み。さっさと弁当を食べ終えた十条が教室の窓にもたれながらぶつぶつ言った。
「あと一週間もないじゃないか」
 購買部で買ったカレーパンを頬張りながら猛があきれたように言う。
「そんなに待てない」
「あのなぁ」
「だいたい、クリスマスももうすぐだっていうこんな時期までしっかり授業をやるなんて、ウチの学校融通利かなさすぎ」
 食べ終えた後のゴミを一つの袋に突っ込みながら、猛は首を傾げて十条を見た。
「ふ〜〜ん、十条はそんな融通利かせて欲しいくらいゆっくり過ごしたいんだ、クリスマス」
「ばっ、ばかっ!そんなんじゃねーよっ!!」
 その言葉に瞬時に真っ赤になった十条が、猛の頭をぼかぼかと殴る。
「いてぇっ!なんだよっ!やめっやめろってっ!」
 逃げる猛とムキになって追う十条との攻防がしばらく続いた。
「だぁ〜〜〜っ!もういい加減にしろってば」
 教室内をばたばたと逃げ回った猛がついに床に座り込んだ。
「おまえが余計なこと・・・言うからだろ」
 隣に同じように座った十条の息もあがっている。
「・・俺が何言った・・ってんだよ」
「だから、クリスマスに・・・・・」
「・・・十条?」
 急に黙り込んだ十条に猛が目を向ける。その先で十条は目を閉じて小さくため息をついた。
 最初はおもしろそうに二人を眺めていたクラスメート達も、すぐに飽きてしまったらしく、教室には二人の他には机に突っ伏して昼寝をしている数人を残しているだけになっている。
 静かになった教室の端で二人は座り込んでいた。
「・・・なぁ、板橋ぃ、」
 下を向いてなにやら考え込んでいた十条が、隣で机の脚にもたれていた猛に急に顔を寄せてきた。
「んー?」
「・・お前、クリスマスどうすんだ?」
「は?」
 またその話かと、眉をひそめた猛からさっと視線をそらせた十条は、なぜか耳まで真っ赤になっている。
「クリスマス?別に考えてないけど。どうせうちはみんな仕事で夜まで誰もいない・・いてぇっ!」
「誰がお前んちのホームパーティーの予定を聞いてるっ!」
「んじゃぁ何だよ!」
 思い切り殴られた頭を押さえて猛が涙目で怒鳴る。そこへ再び顔を近づけて十条がささやいた。
「・・・クリスマスってのは恋人同士の年に一度の大イベントだろうが」
「え・・それがどうした?」
 きょとんとした猛の顔を見て十条がため息をつく。
「・・・陸上部のコーチ」
「う・・」
 今度はボンっと猛の顔が赤く染まった。それを見て十条はがっくりと肩を落とす。
『どーして名前聞くだけでゆでだこみたいになるほどラブラブなのに、クリスマスのことに気が回らないんだ、こいつは・・・』
 ちらっと視線をあげると、真っ赤なまま何やらボーっとしている猛が目に入る。
『・・こいつにクリスマスどうやって誘えばいいか、なんて相談しようと思ったのが間違いだった・・・』
 再び大きなため息をついた十条の横で、猛は別のことを考えていた。
『そう・・か・・。クリスマスだよなー・・。耕平、どうすんだろ・・・・今日聞いてみようかな』
「お〜い、板橋ぃ、大丈夫かー?」
 十条が猛の目の前で手を振る。ちらっと猛の視線が十条に向いた。
「・・・お前こそ、どうするんだよ、クリスマス」
「う・・・」
 再び赤くなった十条を猛がじっと見つめる。
「あいつ・・北千住と約束してるのか?」
「え・・いや、約束は別に・・」
「何だよ、一大イベントだって言ったの、お前だろ?」
「っていうか・・・最近あいつ忙しいらしくて、あんまり会ってないし」
「ああっ?!何だよ、それ!お前あいつに放っとかれてるのかよ!!」
 急に怒り出した猛を十条が慌てて押さえる。
「違うって!ホントにいろいろ忙しいらしくて・・・でも電話は毎日してるから」
「じゃあ、どうして約束してないんだ?」
 さりげなくのろけられたのに気づかず、猛が不思議そうな顔をする。
「あのなぁ・・お前らだって予定が決まってないんだろ?お互いさまじゃん」
「・・・まぁ、そうだけど。あ、そうだ」
「あ?」
 猛が十条に顔を寄せる。
「会えないんなら、お前が会いに行けばいいだろ。俺も耕平に用事があるし、放課後陸上部の練習を見に行こうぜ」
「え?今日か!?」
「早いほうがいいだろ?」
「そ、そうだけど!」
 赤い顔をしてあたふたしている十条を残して、猛が立ち上がった。同時に昼休み終了のチャイムが鳴る。
「んじゃ、今日の放課後な。あ、俺、教室移動だから行くわ」
 さっさと行ってしまった猛の背を呆然と見送り、十条は頭を抱えた。
『今日〜!?いきなり会いにいくのかよ〜!?心の準備が〜〜!』
 まだまだ初々しい十条であった。


 

 そして放課後。
 猛と十条は、陸上部の練習しているグランドに向かっていた。
「何だか・・板橋って妙なところで行動力あるよなぁ」
「何だよ、それ」
「何でもねーよ」
 そーっと逃げようとしたところを猛に捕まって、引っ張られてきた十条がぼやく。
「よし、俺も覚悟決めた!男は度胸だ!」
「?」
 十条の覚悟が今ひとつわかっていない猛は首をひねった。
 そうこうしているうちに陸上部の練習場に辿り着いた。ネットの向こう側にはそれぞれの練習をする部員達が見える。
「あ、北千住だ」
「ええっ!」
 きょろきょろと見回していた猛が目的の一人を見つけだす。それと同時に相手も自分たちに気づいたようだった。柔軟体操を止めてこちらに向かって走ってくる。
「十条先輩!」
 ネットを回ってくると、北千住は笑顔で二人に近づいてきた。猛が軽く手を挙げる。十条は猛の後ろで横を向いていた。しかしその頬は赤く染まっている。
「十条先輩、板橋先輩も、こんな所に来るなんていったいどうしたんですか?」
「ああ、十条がお前に聞きたいことがあるってさ」
「い、板橋ぃぃっ!?」
 十条の声がひっくり返る。
「俺に?何ですか?十条先輩」
「あ、いや・・うわっ」
 口ごもっている十条を猛が前にどんっと押し出す。勢いでこけそうになった十条の身体を北千住が受け止めた。
「わ、先輩?」
「んじゃな、十条。ちゃんと決めろよ」
「え・・おい、板橋っ!」
 十条の声を無視して、猛は二人に背を向けてさっさと歩いていってしまった。
「あいつ〜〜!」
「で、先輩、何を決めるんですか?」
 はっと気づくと、北千住が顔をのぞき込んでいた。思わず逃げ出したくなるのをなんとか踏みとどまる。
「あ、あのな・・・」
 なんとか言いたいことを伝えようと思ってもなかなか言葉にならない。
「あ・・」
 焦れば焦るほど、頭が真っ白になっていく。とうとう十条はうつむいたまま動けなくなってしまった。
 その十条の様子をじっと見ていた北千住が口を開いた。
「先輩・・俺、先輩にお願いがあるんです」
「・・え・・?」
 顔を上げると、真剣な表情の北千住と目が合った。
「クリスマス、どっかに行きませんか?」
「・・は?・・」
 ・・・それは俺のセリフだったはずじゃ・・・
 惚けたようになっている十条の肩を北千住が掴む。
「まだ計画は立ててないですけど、絶対先輩が喜んでくれるコースを考えますから!お願いします!」
 いきなり頭を下げた北千住のつむじを見つめているうちに、十条の胸に暖かい物がこみ上げてきた。
「・・・つまんなかったらお前殴って帰るからな」
「じゃあ、いいんですね!」
 がばっと顔を上げた北千住を見上げる。ほっとしたような表情で自分を見下ろす様子に思わず笑みが浮かんだ。
「そのかわり、おもしろかったらオールナイトつきあってやるよ」
「ほ、ホントですかっっ!!」
 ・・・先輩と一晩中・・・・?!
 この十条の言葉に、その後北千住が情報誌を買い込んでデート計画に燃えたのはいうまでもない・・・。


 

 一方。
 北千住を置き去りにした猛は、ネットに沿ってぶらぶらと歩いていた。
「いないなぁ・・」
 練習場を見回しても、耕平の姿は見えない。
「今日は来てるはずなんだけど・・」
 立ち止まってつぶやいたとき、猛の後ろの方で悲鳴とも歓声ともつかない声が聞こえた。
 思わず振り返ると、体育倉庫の方に小さな人だかりができている。
「何だ?」
 よく見てみると、その集団はみんな上を見ているようだった。猛がその視線を追うと・・・
「え・・・耕平っ!?」
 体育倉庫の屋根の上に屈み込んだ耕平の姿があった。駆け寄って、近くにいたバレー部の女子に何をやっているのか尋ねた。
「倉庫の横にある木に鳥の巣があるんだけど、そこからヒナが一羽落っこちちゃったのよ。で、あのコーチが屋根づたいに巣に近づいて戻そうとしてるの」
 見ると、確かに体育倉庫の脇に大きな木があり、屋根に近い枝の付け根に鳥の巣らしきものがある。
 耕平が立ち上がり斜めになった屋根を伝いながら、そろそろと巣に近づいていく。
 屋根の端に立ち、腕をいっぱいにのばすと、ようやく巣のある枝に指がかかった。片手を枝にかけたまま、耕平が着ていたジャージの懐からそっとヒナを取り出す。
「もう落ちんなよ」
 震える柔らかい塊を巣に戻した、その時。
 突然、木の葉を揺らして、一羽の大きな鳥が舞い込んできた。巣に手を掛けている耕平に鋭い爪で襲いかかる。
「わっ・・やめろってっ!・・・うわぁっっ!!!」
 バサバサッという羽音と耕平の声が重なったと思うと、ガラガラガッシャーンと派手な音がして、耕平の身体が倉庫脇に並べてあったグランドの整備用具の上に落っこちた。
「耕平っっ!!」
 周囲の悲鳴で猛の声がかき消される。
 慌てて駆け寄ると、散乱したほうきやらを下敷きにして、耕平が倒れている。
「いってー・・・」
「だ、大丈夫かっ!耕平」
 頭を振って身体を起こした耕平をのぞき込む。
「ああ・・猛、来てたのか。・・格好わりーところ見せちまったなぁ」
 苦笑して起きあがろうとした耕平の身体が、がくっとくずれた。
「耕平!?」
 慌てて猛が支える。が、支えきれずにそのまま一緒に座り込んだ。
「あれ・・?」
「耕平?」
 口に手を当てて考え込んでいる耕平を、猛が心配げに見つめる。
「耕平・・どうしたんだ?」
「・・・いてぇ」
「・・あ?」
「膝が痛い」
「・・・それを早く言えっっ」
 べしっと耕平の頭を殴って猛が立ち上がる。先生だ、いや救急車だと騒ぐ周囲をおいて猛が駆け出す。
「何で俺が殴られるんだー!」
 残された耕平は頭を押さえてしばらくわめいていた。


 

「・・・で、どうなったんだ?あのコーチ」
「入院中」
「ああっ!?」
 北千住の言葉に、十条が目を見張る。
 終業式が終わったその日。買いたい服があるという北千住に十条が引っ張られて、二人は学校帰りに近くの街に出かけていた。もちろん、デートに誘う北千住の口実に、十条がまんまとのってしまったわけである。
 街は間近にせまったクリスマス一色で、どこもかしこも華やいだ雰囲気になっている。
 買い物に疲れて入ったハンバーガーショップのテーブルで、耕平の怪我の話になったのだった。
 あの日、クリスマスに一緒に過ごす約束をして、何だか二人して照れているところに、血相を変えた猛が走ってきた。そこで耕平の怪我を聞き、北千住がひとっ走りして職員室に駆け込み、結局耕平は病院に直行となってしまった。次の日は猛も学校に来なくて、来ても十条が話を聞きそびれているうちに終業式になってしまったのだった。
「入院かぁ・・。結構かかるのか?」
「そこまでは聞いていませんが・・」
 北千住が少し困ったような顔をする。
 ・・・入院してるなんて心配だろうな・・板橋は大丈夫だろうか・・
 十条が小さくため息を付いた。
「今から行ってみますか?」
「え?」
 北千住の声に顔を上げる。
「行くって?」
「お見舞いですよ。入院している病院もわかってますし」
「うん・・・でもなぁ・・」
 猛のことは気になるが、お見舞いに行くのもお邪魔なようで気が引ける。
「どうしますか?」

・ 見舞いに行く。
・ やっぱりやめる。

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