|
「・・・わかりました。俺、今日は帰ります」
涙が出そうになった。本当は耕平についていたい・・・でも自分がいるより、大人の緒方と高杉が耕平についているほうがいいことはわかっている。
うつむいて答える猛の肩に緒方が手を置いた。
「今日はゆっくり休んで、明日元気な顔を耕平に見せてやって」
「・・・はい」
あ、そうだ、と立ち上がった緒方が、椅子に掛けてあった自分のジャケットを手に取った。
「これを着ていくといいよ。その制服姿で帰ったら家の人がびっくりするからね」
「あ・・すみません」
猛は血で染みになっている制服の上着を脱ぎ、緒方の青いフリースのジャケットを羽織った。
猛が脱いだ上着を椅子に置いたとき、かさっと小さな音をたてて折りたたまれた紙が床に落ちた。しかしポケットから落ちたそれに、二人は気づかなかった。
「さてと。猛君を送っていきたいけど、耕平一人を残しておくわけにはいかないし・・」
緒方がそういって頭を掻いたとき、病室のドアがノックされた。
「あ・・高杉さんかな?」
少しほっとしたような表情で、緒方がドアを開けに行く。
「・・・どうだい?トド君の具合は」
そこには仕事帰りのスーツ姿の高杉が立っていた。緒方が中に招き入れる。
「ええ・・頭のけがは大したことないらしいんですけど、一度目を覚ましたきりなかなか起きなくて」
「そうか・・。猛くんも大変だったね」
ベッド脇に立ち尽くしている猛に向かって高杉が微笑む。
「あ、高杉さん。俺、猛くんを車で家に送ってきますから、ちょっとここにいてもらえますか?」
「ああ、もちろん」
「じゃあ、すいませんけど、行ってきます」
「・・明日また来ます」
ぺこっと頭を下げた猛は、病室を出ていく緒方についていった。ドアを閉める直前、耕平の眠るベッドを見た悲しげな表情が印象的だった。
「猛くんも・・つらいな」
病室に残された高杉がつぶやく。
「・・さっさと目を覚まして安心させてやらないと、ジェントルな男の名がすたるよ」
ベッドを振り返って言うが、その言葉に返事はない。
一つため息をつくと、高杉は来ていたベージュのコートを脱いだ。簡易ソファーに腰を下ろすと、足にかさっと何かがあたった感触があった。
「・・・?」
手に取ってみると、それはさっき猛が落としたチラシであった。もちろんそんなことを高杉が知る由もない。
「どうして教会のチラシがこんなところに・・」
クリスマスミサの案内。そういえば・・と思い出す。
『この教会近辺は、近所で一番の夜景ポイントだとか言ってたな・・』
クリスマス前はイルミネーションも施されていっそう美しくなると、昨日同じ社内食堂のテーブルで、昼食を取っていたOLグループの一人が言っていた。すぐ隣でされていた会話をその時はあまり気にも留めなかったが・・。
そのチラシに目を通し、そこに書かれた手書きのメッセージに気がつく。
「この字は・・・」
じっとチラシを見つめていた高杉は、やがてそれを自分の背広のポケットに入れた。
次の日。
朝から病室に現れた猛を待っていたかのように、耕平は目を覚ました。
「・・・耕平っっ!?」
猛が部屋に入ってベッドに近づいた時、今まで呼びかけても全く反応が無かったことが嘘のように、耕平はぱちっと目を開いた。ベッド脇に立ちつくした猛と視線が合う。
「・・・おはよう、猛」
「・・こ、耕平、大丈夫か!?頭痛くないか!?」
すがりつくような勢いで猛が耕平の顔を真剣な表情でのぞき込んだ。
「おまえ・・何をそんなに心配して・・・・あれ、猛、ここはどこだ?」
ベッドの上に身体を起こして耕平が不審そうな顔をする。
そこへ売店に朝食を買いにいっていた緒方が戻ってきた。
「耕平!気が付いたのか!」
「何だよ、お前まで・・・・え、どうして高杉までいるんだ?」
緒方の後ろに立つ高杉の姿を見て、耕平がいっそう不審な顔をする。
「耕平、昨日学校で俺と一緒に歩いてたら、野球のボールが飛んできて頭にあたったんだよ!お前は怪我してそのまま救急車で運ばれたんだ」
「ここは病院だ。お前、処置中に目が覚めたらしいけどまた寝ちまって、結局今まで寝てたんだぜ」
緒方が猛の後を続ける。
「学校で・・・怪我・・?俺が?」
「そうだよ!俺を庇って・・・」
耕平が顔に手を当てて考え込む。その真剣な表情に、誰も声を発しない。
「・・・・・わからん」
耕平がしばらくしてつぶやいた。
「昨日、俺は学校にいたのか?」
「そうだよ!陸上部のコーチをしに来てて、生徒指導室で俺と会っただろ!」
「指導室・・・どうして俺が?」
「・・耕平・・?」
耕平の表情はやはり真剣なままである。猛は急に不安になった。
「・・それに耕作はどうしてここにいるんだ?出張中だろう」
「何言ってんだ、それは先週の話だろう。お前、うちに押しかけてきて土産を強奪していっただろうが」
耕平の言葉に緒方があきれたように返す。
「お前、忘れたとは言わせんぞ!」
「待って、緒方君・・・・・トド君、僕たちのことはわかるね」
高杉の言葉に耕平が眉をひそめる。
「当たり前だ。お前らのことはともかく、俺が猛をわからないわけないだろう」
「・・・まぁ、そうだろうね。じゃあ、今日は何月何日?」
「は?何言って・・・今日は、・・・・・」
耕平の動きが止まる。
「今日は・・・・・え・・いつだ・・?」
言葉に詰まった耕平の肩を、高杉がぽんっと叩いた。
「・・トド君もういいよ。緒方君、看護婦さんに言って先生に来てもらって」
額に手を当てて固まっている耕平をちらっと見て、緒方がドアから出ていく。
猛は不安な気持ちのまま、耕平の横顔をみつめていた。
「耕平!寒いからこっちに来いよ。コーヒー淹れたぞ」
「あ?・・ああ」
ベランダに続く窓を開けて外を眺めていた耕平は、猛の声に振り返ると窓を閉めてゆっくりとリビングに戻ってきた。テーブルには二人分のカップが置かれている。
「まだ、頭痛いのか?」
「いや、もう大丈夫だ。・・お、いい匂いだな」
テーブルの脇に座り心配そうに見上げる猛の横に腰を下ろすと、耕平は猛の淹れたコーヒーを一口飲んだ。
耕平が病院に運ばれてから5日経っていた。
あの朝、病室を訪れた担当だという若い医者は耕平の話を聞くとすぐに、最初に治療をした西田を連れてきた。西田が診察をしている間、3人は廊下で落ち着かない時間を過ごした。しばらくして病室から出てきた西田は、外傷のショックで耕平の記憶が少し混乱している、と告げた。
「記憶喪失・・ってほどではないんですけど、軽い健忘症状があって、怪我をした前後の記憶が所々抜けているようです」
「大したことはないんですか?」
「ええ、身体の具合はいいようですし、生活する上で影響が出るほどの健忘じゃありませんから。でもこの先思い出すかどうかはわかりませんが・・」
結局その日の午後に退院となり、耕平はマンションに戻ってきた。頭の包帯と、時々痛むのか額に手を当ててじっとしていることがある他はいつもと変わらない。しかし猛はその日からずっと耕平の部屋に来て、夜遅くまで耕平のそばを離れなかった。
「・・・病院はどうだったんだ?」
隣でコーヒーを飲んでいる耕平を見上げて猛が尋ねる。
今日も耕平は病院に行っていた。
「傷の具合はいいらしい。頭の中の方も大丈夫そうだけど、念のためCT検査ってのをもう一度やるって言われたよ」
「いつ?」
「週明け、24日だな」
「そっか・・」
具合のよさそうな耕平を見て少しほっとする。
「24日か・・そういえば、その日に教会でミサがあるんだよな」
「教会?どうしてそんなこと、お前が知ってるんだ?」
不思議そうな顔をする耕平をみて猛がくすっと笑った。
「そうか・・ちょっと前に俺のところにそのミサのチラシが送られてきたんだ。でも送り主の名前が書いてないし、そのチラシに・・・その」
「・・何だ?」
言いにくそうな猛を促す。
「・・いや、夜8時に近くの公園で待ってるってメッセージが書いてあったんだよ」
「なにぃっ!俺の猛を誘い出そうとは、誰だ、そいつっ!」
「だからっ!誰かわからなかったんだって!」
「・・・すまん。そうだった」
耕平が渋い顔をしたまま黙り込む。
「俺さ・・耕平が怪我した時、このことを聞こうと思ってお前を捜してたんだ・・もしかして耕平がこれを出したんじゃないかってさ。知らない奴からだったらもちろん無視するけど、もし耕平が誘ってくれたんだったら・・・って」
「猛・・」
「耕平・・・何か覚えてないか?」
顔をのぞき込んでくる猛から視線をはずして考え込んだ。
「・・・わからない」
しばらくして耕平が苦しげにつぶやいた。
「覚えがあるような気もするんだが・・・」
耕平が額を押さえて目を閉じる。必死で思い出そうとしてもそれが思い出せないことがつらそうで・・・猛は耕平の手にそっと触れた。
「ごめん・・耕平、もういいんだ。それにそのチラシもどこかいっちゃったし」
まだ眉を寄せている耕平の首に抱きつく。
「猛・・?」
「ごめんな」
もう一度つぶやくと目を閉じた。
12月24日。
クリスマスイブのその日、耕平は午後から検査のために病院に出かけていた。
耕平を送り出した後、猛は近所のスーパーに買い物に行き、夕飯の材料を買い込んできた。慣れない手つきで包丁を握り、母親から作り方を事細かく書いてもらったメモを睨みながらビーフシチューを作る。
「・・俺がこんなご飯を作ったなんて、耕平、絶対びっくりするだろうなー」
驚いた耕平の顔を想像して、鍋をかき回す猛の表情が緩む。
ここ数日、なんとなく元気がない耕平をなんとか元気づけてあげたかった。そこで猛が思いついたのがシチューを作ってごちそうしよう、ということだった。
何時間もかけてできあがったシチューは、少し見た目は悪いがなかなかの味になった。
ご飯も炊き上がり、簡単なサラダも皿に盛りつける。
準備が整って時計を見ると、もうすぐ夕方の5時になるところだった。
「そろそろ帰ってくるなー」
わくわくしながら猛はリビングのテレビの前に座り込んだ。
そして。
「・・・・遅いなぁ・・」
もう何度目になるかわからない言葉をつぶやいて猛が時計に目を向ける。
6時50分。
検査はとっくに終わっているはずだし、どこかに寄って遅くなるようなら連絡がくるはず・・・・まさか途中で具合が悪くなったとか・・・!
一度悪い方に考えがいってしまうと、急に落ち着かなくなる。猛は手元にあったクッションを抱きしめ、パフッと顔を埋めた。
「ん〜〜〜〜・・」
何だか居ても立ってもいられない気持ちになってそのまま床をごろごろと転がった。このまま待っているのも落ち着かないし、だからといって連絡を待たずに駅まで向かえに行くのも考えものだ。タクシーで帰ってくる可能性もある。
「う〜〜〜〜・・」
唸りながらごろごろ転がっていた猛がそのまま動きを止めた。
「・・・やっぱり探してこよう!」
ガバッと身体を起こすと、猛は壁に掛けてあったコートを羽織りバタバタと慌ただしく玄関を飛び出していった。
足音が遠ざかり・・・・完全に聞こえなくなった頃。
電気を消し忘れた部屋の、時計の小さな音だけが聞こえる空間に、突然電話の呼び出し音が響いた。
取る人のいない機械が、数コール目に留守を知らせる乾いたメッセージに切り替わった。ピーッという甲高い音の後、わずかな間があって、相手の声が部屋に流れる。
『・・・猛、俺だ・・。思い出した・・今日お前にしてやりたかったことをやっと思い出したから・・・今からあの教会の前の公園に来てくれ。・・・待ってる』
通話を切る音の後、ツー、ツーという発信音が数回流れ、メッセージを告げるランプだけが小さく点滅を始める。
そして再び部屋は元の静けさに包まれた・・・。
「・・・どこに行っちゃったんだろう・・」
辺りをみまわしながら、猛がため息をつく。
駅までの道や行きつけの喫茶店・・耕平が立ち寄りそうなところは思いつく限り行ってみたが、耕平がいた様子はなかった。歩き疲れて駅のベンチに座り込む。
電車から出てきた人々が目の前の改札を流れ出てくる。その中にも耕平の姿はみつからない。壁の時計は7時45分を指している。
「もしかしてもう帰ってるとか・・!」
ふと思いついて、公衆電話まで走った。耕平の部屋に電話をいれるが、流れたのは留守番電話のメッセージだった。
「もう・・・どうしよう・・」
途方に暮れて電話ボックスの中でしゃがみ込んだ。
誰か・・耕平の行き先を知っていそうな人・・・
「・・そうだっ!」
猛は立ち上がると再び受話器をとった。ポケットから出した手帳を見ながらプッシュボタンを押す。
数コールの後、相手の声が耳に届いた。
『もしもし?』
「あ・・緒方さんですか?」
『はい・・って、もしかして猛君?』
「はい!そうです!・・すいません、今、お忙しかったですか?」
『大丈夫。ちょうど帰りの電車から降りたところ』
クスッと笑う気配がした。猛の肩からわずかに力が抜ける。
『で、どうしたの?』
やさしく聞いてくる緒方の声に、猛の胸に急に何かがこみあげてくる。
「あ・・あの・・」
『ん?』
「耕平が・・耕平が帰ってこないんですっ!」
『ええっ!』
緒方の声が跳ね上がる。
「今日は病院で検査を受けて、夕方には帰ってくるはずだったのに・・・全然連絡もないし、探してもみつからないし・・・具合でも悪くなったんじゃないかって、俺・・」
だんだん涙声になってしまう猛に、緒方が慌てる。
『ち、ちょっと待って!猛君、今どこにいるの?』
駅名を告げると、緒方が考え込んだ。
『・・ここから・・だから・・・・よし!猛君、俺が今からそこに行くから、改札出たところで待ってて』
「ええっっ!」
『いいから!動いちゃだめだよ!』
そのまま通話が切れ、呆然とした猛の耳にはツーツーという音だけが聞こえていた。ゆっくりと受話器を下ろす。
「なんだか・・・いいのかな・・」
よく考えたらクリスマスイブである。緒方も約束があっただろう・・・。
でも・・・正直、ほっとした。
電話ボックスから出て、改札横のベンチに戻る。
来るとわかっている人を待つのは苦にならなかった。
「さて・・と。高杉さんに連絡しなきゃな・・」
ついさっき電車を降りた駅に向かって再び歩き始めた緒方は、手にした携帯電話を見た。今夜は自分が選んだ店で食事をして、高杉とクリスマスを祝うつもりだった。どうしても片づけないといけない残業で遅くなり、7時に予約したその店を8時に変更したのだったが・・・・最悪キャンセルしないといけないかもしれない。
でも高杉さんなら理由を話せばわかってくれるだろう・・・。
緒方は高杉の携帯に電話した。コール数回で相手が出る。
「あ、高杉さん?俺です」
電話を手に、そのまま駅までの道を歩いていく。
その人通りのある道の真ん中で。
「えええっ!!」
突然、緒方の叫びが聞こえた。
カーン、カーン・・・と鐘が鳴っている。 ミサの最中の教会のドアからは賛美歌とオルガンの音が漏れ聞こえてくる。ドアと門の間の庭にも多くの人々が集い、かなりの人数がこのミサに参加しているようだった。
最寄りの駅周辺は住宅街で、教会に続く坂道の両側に並ぶ街路樹にはクリスマスのイルミネーションが灯されている。坂道は上りきったところで突き当たり、そのT字路の一角に教会はあり、正面に公園があった。
その公園は、住宅街の中にあるとは思えないほど広く、緑が多い。昼間は人々の憩いの場所になるのであろうその場所も、今は夜の闇に沈み、わずかに街灯の周囲だけがぼんやりと浮かび上がっている。中央の広場は周囲を木々が囲んでいて、、手前にはいくつかのベンチと街灯があり、広場全体をぼんやりと照らしている。街灯の光が届かない奥の方には子供の遊具があり、その脇の階段を少しのぼったところにも空間があるようだった。
その広場のベンチの一つに耕平の姿があった。
視線を正面の公園の入口に向けたままぴくりとも動かない。
ずっと・・・耕平は待ち続けていた。
病院で検査が終わり帰る途中のことだった。通りがかった駅のインフォメーション掲示板に貼られていた、一枚のチラシが耕平の目に留まった。
「クリスマスミサ」・・猛が言っていた内容と場所が書かれている。
このチラシは・・・見たことがある。
突然、頭の奥が痛んだ。
自分はどこかで配っていたこのチラシを受け取った・・・そして猛と行こうと・・
再びズキッと痛んだ頭を押さえ、耕平は駅のベンチに腰を下ろした。夕暮れ時の、行き交う人々も増えてきた駅のホームで、耕平の前を何本もの電車が通り過ぎていった。
そして・・。
すっかり日が落ちた頃、耕平は立ち上がり帰路とは逆方面のホームへと向かった。
部屋にいるはずの猛に電話を入れたのは一時間ほど前。もうとっくに現れていい時間だった。
メッセージは伝わっている・・・・はずだ。
まさか、猛が自分を捜して部屋を飛び出していったとは思ってもいない耕平である。
もう一度、部屋に電話してみようか・・・
そう考えて、立ち上がろうとした時。
「・・猛・・?!」
公園の入口に人影が見えた。背後のイルミネーションの灯りで逆光になり、シルエットしかわからない。
その影がゆっくりと耕平のいる広場のほうに歩いてきた。
近づいてくるにつれ、街灯の灯りがはっきりとした姿を照らし出す。
そして・・目の前に立ったその人物を見上げた耕平の表情は、クリスマスイブには全く似つかわしくない、思いきり険悪なものだった。
「・・・どうして貴様がここにいるっ!!」
「・・同じ台詞を君に返すよ。等々力耕平君」
そこには、耕平と同じく不機嫌そうな表情で高杉が立っていた。
「俺は!・・・俺は猛を待っている」
「そう。僕も今日は緒方君と食事の約束があってね」
「それがどうしてこんな所にいる!」
「僕だって君が待ってると知っていたら来なかったね。暗がりに緒方君と似たような背格好の人がいて、もしかしてと思って近づいてみたらトド君だったんだから・・・僕がどれだけがっかりしたかわかるかい?」
高杉がわざとらしくため息をつく。その顔を見上げながら、むっとしたまま耕平が煙草を取り出して火をつけた。
「そんなこと知ったことか。俺だって、一瞬猛が来たのかと思って・・あいつはこんなにごつくないから違うってすぐわかったがな」
「悪かったね、ごつくて。君こそこんな所でぼーっと待って・・・・そうか」
隣に腰を下ろし、高杉が耕平をじっと見た。
「・・・なんだよ」
「あのチラシは君のだな」
「は?・・・・えっ?!なんでお前が・・!」
図星らしい耕平の焦った様子に、にやっと笑った高杉が内ポケットから紙を取り出す。
凄い勢いで高杉の手から紙を奪い、耕平はそれをじっと見た。
覚えがある・・・・そうだ、俺が猛に送ったチラシだ・・・。
「・・・どうしてこれをお前が持ってる」
「君の入院していた病室で拾ったんだが・・」
続けようとした高杉の胸ポケットから、軽やかな携帯の着信音が鳴った。慣れた手つきで取り出し耳に当てる。
「はい・・・ああ、緒方君」
高杉の表情が軟らかくなるのがよくわかる。
「遅くなる?・・うん、もちろんかまわないけど・・・・えっ?」
わずかに目を見張った高杉が、ちらっと耕平を見た。
「・・・その失踪した男ならここにいるよ」
電話の向こうで緒方が叫んでいるのが聞こえる。
「今、今夜行く予定だった店からちょっと歩いたところの公園にいる。わかるかい?教会が目の前にある・・・そう。そこで待ってるから、猛君も連れておいで」
猛という単語に反応した耕平がはっと顔をあげる。
通話を切った高杉が、大きくため息をついて耕平に視線を向けた。
「・・トド君、猛君から君の捜索願がでてるよ」
「耕平ぃーっ!!」
しばらくして。
静かな公園に猛の声が響きわたった。
「猛・・」
駆け寄ってくる猛を抱きしめようと、耕平が腕を広げる。そして、
「ばかやろーっっ!!」
「どわぁっっ!!」
次の瞬間には殴り飛ばされていた。
「どれだけ心配したか・・ばかやろう・・」
顎を押さえている耕平に、猛はぴとっと抱きついた。
「猛・・」
「心配かけやがって・・・」
「・・・ごめんな」
猛の髪をそっと撫でる。耕平の背に回された腕にギュッと力がこもった。
「・・見つかってよかったっすね」
世界を作ってしまっている二人から少し離れたところで、緒方がぽつりとつぶやいた。
「収まるところに収まってめでたしめでたし・・ってところかな」
「そうですね。・・・だけど耕平の奴、何もこんな日に騒ぎを起こさなくてもいいのに」
ぼやく緒方を見て高杉がくすっと笑う。
「君もお疲れさまだったね。予約をいれた店の方はいいのかい?」
「なんとか。ラストオーダーぎりぎりまで待ってくれるって言ってくれました」
「そう・・・じゃあちょっとこっちに来てみて」
「え・・?」
高杉に促され、緒方は公園の奥にある階段に向かった。
「そういえば、高杉さんはどうしてここに?」
歩きながら緒方が尋ねた。高杉がわずかに視線を上にあげる。
「・・・高杉さん?」
何やら隠していそうな様子に、緒方がじっと高杉をみつめる。その視線に高杉が苦笑を浮かべた。
「・・・実はね、少し前に手紙を拾って」
「はぁ?」
緒方が不思議そうな顔をする。
「トド君が入院していた病室でチラシを拾ったんだ。ここの教会のクリスマスミサの案内に『公園で待つ』っていうメッセージ付きの。僕はそれが君のものだと勘違いしていたんだよ」
高杉は緒方の少し前で階段をゆっくりと上っていく。
「どうして俺のものだって思ったんですか?」
「ちょうど君がいた後で見つけたし、そのメッセージの文字が万年筆の特徴的な文字で、君の字とよく似ていたんだよ」
「・・・この間、耕平に持っていかれたんですよ、その万年筆」
苦笑すると、緒方は高杉に続いて階段を上った。上がりきったところで高杉が振り返る。
「じゃあ、この近くで店を選んだのは偶然なんだね?」
「ええ。俺、この辺りのことは詳しくないんで、会社の人に聞い・・て・・・」
緒方の言葉がとぎれる。
振り返って緒方を見つめる高杉の後ろに、宝石箱をひっくり返したような夜景が広がっていた。まっすぐにのびる坂道にそった街路樹のイルミネーションが光の河のようで・・
呆然としている緒方に向かって、高杉が右手を差し出す。誘われるようにふらふらと伸ばされた緒方の手を軽く引き、その身体を両腕で包んだ。
「ここはね・・・ここで想いを確かめ合った二人は生涯離れることはないっていうジンクスがある場所なんだよ」
「・・・え!?」
「偶然君が選んでくれた店がこの近くだったのと、あのチラシが君の物だと僕が思いこんでいたことで・・・」
緒方の髪に口づけて、高杉が微笑む。
「・・・君が僕と一緒にここに来るつもりなんじゃないかと、期待してたんだ」
「えっ!・・お、俺、全然・・」 思いがけない高杉の言葉に、緒方が動揺する。 慌てて弁解しようと開いた口に、高杉がスッと人差し指を当てて言葉を止めた。
「・・・別にどっちが誘おうと、今ここに二人で来てるってことは、やはり僕たちは生涯一緒にいる運命なんだよ」
「・・・た、高杉さん・・!?」
思わず見つめてしまった高杉の顔から笑みが消える。
「愛してる、耕作」
「はいっ!」
直立不動になってしまった緒方を包み込む。
「生涯・・君を離さない」
耳元で囁かれる熱い想いに、固まっていた緒方が小さく息を吐いた。高杉の背に腕がまわる。
「俺だって・・離しませんよ・・・絶対」
見つめ合う二人の影が深く重なり一つになった。
遠くで教会の鐘が鳴っている。その響きが消えた頃・・・ゆっくりと影が離れた。
お互いを見つめ合い、啄むようにキスをする。
「・・・このまま君を食べてしまいたいな・・」
「それは・・ちょっと困ります」
軽い口調と裏腹に目つきが真剣な高杉に、緒方が身体を離して苦笑した。
「もうそろそろ店に行かないと。食いっぱぐれちゃいますよ」
「・・・そうだね」
「もう、俺腹減って死にそうですよ」
歩き出そうとした緒方の手を、高杉がぐいっと引っ張った。緒方の耳に高杉の唇が当たる。
「・・・一番おいしいものはうちに帰ってからゆっくり頂くことにするよ」
「・・・たっ・・!」
再び固まってしまった緒方を見て微笑むと、高杉はその肩を抱いて歩き出した。
ゆっくりとした足取りの二人の姿が公園から消える頃・・・空から白い雪が舞い始め、辺りを白い世界に変えていった。
聖なる夜の恋人達に・・・・・Merry Christmas・・・
FIN.
|